「話って?」
 厨房で洗った手をナプキンで拭いている。
「やけに嬉しそうだけど」

「わたし、今日限りで辞めます!」わたしは元気いっぱいに宣言した。「一身上の都合で!」

 白田は面食らっている。
「あの……ん? 辞める? 今日限り?」
「はい。とにかく辞めなきゃいけないんです。一身上の都合で」
 わたしは深入りされないよう早口で言った。
「最後だし、遅刻しないようにもうレジに立ちますね!」

 ひゃっほー! わたしは自由、わたしは自由、自由よぉぉ!
 仕事の出来栄えはあいかわらずで、いつものように田端さんが小言を言ってくるけれど、そんなのはどうだっていい。なんとでも言って。一週間後の今頃は空の上だから。

 休憩に入ると、中野さんが悲しみの表情を作って待ち構えていた——きっと、控え室に白田もいるからだと思う。
「ほんとに辞めちゃうの?」
「はい」
 わたしは満面の笑みで答えた。ランチのシーチキンをロッカーから取り出す。
「短い間でしたけど、ありがとうございました」

「急だったから何も用意できてないの」
 中野さんの瞳がウルウルしている。なんて役者なんだろう。
 わたしは上機嫌でシーチキンを食べた。気持ち悪い味はするし、臭いもひどいけど、今なら腐った卵でも食べられる。