「まぁ、でも……ちょっとワガママなんじゃないか?」
 正紀の返事はわたしの求めているものとは違った。

「なにそれ?」

「ああ、いや……その、ほら……だって、ゴム手袋は渡してもらえたん、だろ?」
 正紀は口の中でもごもごと言う。
「だけどそこでプライドを出してキレるのは……ワガママじゃないかなぁというか……」

「どこがよ?」感情をむきだしでたずねる。「正紀はいいよね。二年も落第点をとって、いつまでも大学生をしてればいいんだもん」

 部屋中がシーンとした。
 これは言っちゃいけないことだった。正紀はわたしより遥かに頭がいいことは確か。わたしの知らない計算方法を知っているし、漢字もほとんど読むことができる。それでも大学内では、出来の悪い方なのだ。

「そうだな」正紀がぶっきらぼうに言った。
 沈黙が続いた。
 謝らなきゃ——今のは悪かったって、本心じゃないって、謝らなきゃ——。

 でも、ほんとうに本心じゃない? わたし、いつも正紀のことが羨ましかった。毎月お小遣いをもらえる、服やスマホ、食費や遊びに行く時のお金も出してくれる過保護な両親や、毎週決められた休日がある校則のゆるい大学生が羨ましかった。