「──芽衣姉」

同業の男子とデートをしたその夜、愛は久しぶりに姉に電話をした。

『はい。なに?』

はきはきと答える声。自分の食いぶちを自分で稼ぐ、二十二歳にして貫禄を備えた、誇らしい姉。

苦しい恋をして、後生大事に抱え込んでいる、曲にしか想いを託せない作曲家。

だから愛は、彼女の曲はなんとしてでも彼女の意に沿うように形にしたいと思っている。

彼女が吐き出す苦しさを受け止めて、彼女の代わりに言葉にするために。

「芽衣姉、“天空を泳ぐ”は、宝物の歌?」

唐突に『宝物』などと、普通ならばよくわからない。

けれど感覚でものを理解する姉は、そのニュアンスを違うことなく合点した。

『そうよ。……愛の言葉じゃないでしょう、ソラ?』

「……うん」

『ほんっとあなたたちは最高ね。私の目に狂いはなかった。……宝物よ』

大事に歌ってね。

サミダレは一度もそう言ったことがない。けれど愛には聞こえる。

「わかった」

『そう』

「レコーディングの予定が立ちそうだ」

『よかったわ。七月中に配信できるかしら……』

一瞬で仕事モードに切り替えた彼女に挨拶をして愛は通話を終える。

同業で、同級生で、仕事上のパートナー。

親愛なる彼に、少しだけ思いを馳せた。