私とヴィゼル様は再びエレベーターに乗った。



……き、気まずい。



65階って何ですか。時間かかり過ぎでしょう。



「……あ、あの……ヴィゼル様」



私に背を向けたまま彼が答える。



「何だ」



話し掛けてから、話題を考えていないことに気が付いた。

……そうだ、アレのことを聞いてみよう。



「貴方は……人を殺さないんですか?」



「あいつから聞いたのか」



「はい……」



勘が良い彼は私に向き直り、話し出した。



「そういう面倒事は部下に任せている」



確かに、普通偉い人はそういう事をしない。

むしろ、彼みたいに戦場に出向くのでさえ珍しいのだ。

……でも、もう一つ気掛かりなことがある。



「ひ……人を、助けているって、本当ですか」



よく考えると、ここは狭い密室で、何かされたら逃げられない。

急に心臓がバクバクいって、手が冷たくなった。



「……そうだ。非力な奴は逃がしている」



「そう、ですか……」



本人から聞いても、イマイチ実感が湧かなかった。



「聞きたいことはそれで以上か?」



「はい」



「ならば、今度は私から訊く」



ヴィゼル様は、思ってもみないことを口にした。



「梨花は、私が貴様を殺さないと知ったら抵抗するか?」



──それは……。

私は慎重に言葉を選びながら言った。



「私は……生きられる方を選びます」



「ほう」



「ここが安全なのでしたら、ここに留まります。外の方が安全なら、抵抗して逃げます」



ヴィゼル様が少し目を細めた。



「では……貴様はここに残ることになる」



「そうなんですか」



「ああ。私は殺す代わりに、貴様を捨てるだろう。街中に捨てられれば兵に殺されて終わりだ」



……捨てる。

あまりにも淡々とした言い方に、一番実感が持てた。



エレベーターが音を立てて止まる。



「だが……勘違いするな。私は殺そうと思ったら幾らでも殺せる」



「はい」



そうでもなければ、国を動かす存在にはなれないと知っていたから、私は素直に頷いた。



「行くぞ」



彼と共に長い廊下を渡って、部屋の鍵を開けた。

そこまでしてから、そういえばお昼がまだだったことを思い出す。



「ヴィゼル様、昼食は」



「まだだ」



「お作りしましょうか」



「頼む」



そう言って銃を肩から外した彼に向かって、少し口答えしてやろうと思った。



「……ヴィゼル様も手伝って下さい」



「いい度胸だな」



彼はそう言ってから軍服の上着を脱いだ。

襟無しのワイシャツ姿はなんというか、新鮮だった。

……そういえば私、彼の軍服姿以外見たことないかも?



「ほら、何を作るんだ」



あ、手伝ってくれるんだ。



「えーと、じゃあオムライスで」



私の大好きな料理である。

ロステアゼルムで食べられているかは知らないけど。



「私の仕事は何だ?」



なんだろう、軍服姿じゃないと威厳20%減の大将に違和感しか感じない。



「……えっと、じゃあ、野菜を切って下さい」



「仕方がないな」



私がピーマンやら人参やら玉ねぎを洗い、彼に渡した。

そして鶏肉を出しに冷蔵庫を覗いたら、あることに気が付いた。

……お、これはしまったぞ。

冷凍のご飯がなかった。



仕方ないので鶏肉だけ取り出して来てお米を研いでいると、隣からトントンと歯切れのいい音が聞こえてきた。

ちらっと盗み見ると、ピーマンを切る姿が謎に様になっている彼がいた。

普段は銃と威厳を振り回している彼が、今は包丁とピーマンを持っていることに妙にツボってしまう。



「……ふふっ」



「何だ」



「ヴィゼル様、お料理上手なんですね」



「当然だ。……いつまで笑っている」



急に「大将」が可愛く見えてきて、笑いが止まらない。



「あはははっ……!」



さっき、鉄の棒で部下を殴っていた姿が嘘みたい。

すると、彼が包丁をこちらに向けた。



「切るぞ」



やめてください。それセラミック包丁です。



「ごめんなさい」



ふっ、と短く息を吐いた彼は再びまな板に視線を落としてピーマンを刻みながら言った。



「……貴様が笑ったのは初めてだな」



「えっ」



そうだったっけ。



「だが私で笑うのは気に食わない」



割と気にしているようだ。



「えっと……なんか、ごめんなさい。包丁を持っているヴィゼル様が可愛く見えてしまいました」



「可愛く……か。初めて言われたな」



「お互いに初めてですね」



「そうだな」



緩く巻いてある長い金髪が彼の横顔を隠す。

私は炊飯器(あってよかった)のスイッチを押しながらに思った。

……よくよく見ると、彼は綺麗な金髪を後ろで一つにまとめている。

ヨシュアさんが言った通り、顔立ちも中々見ないくらいに整っていた。



「……おい、終わったぞ」



「へっ」



ぼーっとしていたら、彼はいつの間にかピーマン以下全ての野菜を切り終えていた。



「あ、じゃあお肉もお願いします」



慣れた手つきで鶏肉を切っていく彼に感心する。

料理男子っていいよね。彼は全然よくないけど。



私は彼が切っている間にフライパンを出し、下準備を進める。



「出来たぞ」



「ありがとうございます」



鶏肉と玉ねぎを入れ、火にかける。

……ふふ、既に美味しそう。なんて、食いしん坊みたい。

玉ねぎが透明になってきたところで、他の野菜を投入。

いい匂いがしてきた。



ピピピっと音がする。早めに設定しておいたから、ちょうどご飯が炊けたようだ。

そのまま投入する。

塩と胡椒、それとケチャップをたっぷり入れて、炒める。



「……ヴィゼル様、交代です。私卵焼くので」



「人使いが荒いな」



何だかんだ言ってもやってくれる優しい人である。



私は卵を取り出し、ボウルに割り入れる。

よく解きほぐしてから、新しいフライパンにバターを入れて、溶かす。



「~♪」



「楽しそうだな」



「料理は好きなんです」



「そうか」



炒まったチキンライスがお皿に盛られる。盛り付け方も絶妙に上手い。

それを見て、一気に卵を流しいれ、形を整えて火から上げる。

ふわっと乗せて、ケチャップをかければ完成だ。

……少し、悪戯をしてやろう。



私は彼の分の卵に、ケチャップでおおきくにこちゃんマークを描いた。

うん。食べるのが勿体無いくらい可愛い。

ついでに自分の分にもにこちゃんマークを描き(謎に失敗して笑顔じゃなくなったけど)、彼にお皿を差し出した。



「はい、ヴィゼル様!」



反応が楽しみだったのだが、彼はやけに柔らかい雰囲気で一言、



「ありがとう」



と言うのみだった。

相変わらず表情からは何も読み取れないけど、空気で察する。

……ちょっと、喜んでる?



どうやら私を拘束した陸軍大将は結構可愛い人らしい。