「ここが入口です。まぁ少しくらいなら出ても大丈夫でしょう」



自動ドアが開く。

久し振りに外の空気を感じて、泣きたくなった。

風が心地よい。



「たまには深呼吸しないと、梨花さんの場合すぐに酸欠になりそうですからね」



「自覚しかないです……」



ヨシュアさんが周りをみて言った。



「ここら辺を警備している兵士たちです。最初にも見かけたと思います」



当番的に今日の警備の担当はあの日と同じ人らしい。



「さぁ梨花さん、まずは自分から挨拶しましょう」



……保育園児か私は……



「こんにちは」



「やあ、この間も見かけた顔だね」



爽やかな笑顔で応えてくれて、兵士が数人集まってきた。

人数に囲まれて少々ドキッとする。



「はぁ……やっぱ異国の女の子は可愛いねぇ……」



「いやこの子が可愛いだけじゃないか?」



「ねぇねぇ君、名前何て言うの?」



その中の一人に聞かれたので素直に答える。



「梨花です」



「へぇ~そっかぁ~名前まで可愛いね~」



ずいっと一人の男の人が前に出てきた。



「俺ね、クアルっていうの。よろしくしてよ。ね?」



「……よ、よろしくお願いします」



クアルさんは珍しい赤毛だからか、その異様な雰囲気に一歩後ずさる。



「……梨花さん──」



ヨシュアさんが小さくなにか呟いたのだが、聞こえなかった。

聞き返そうとしたのだけど、あっという間に囲まれてしまって、私の声は届かなかった。



「ねぇ君、ヴィゼル様のお気に入りなんだって? こいつが最初話し掛けたらあの人『私の邪魔をするな』だってさ~もうベタ惚れじゃん? よかったねぇ~」



クアルさんに肩を組まれた同僚らしき人も、しきりに頷いている。

そういえばそんなこともあったな。



「よくないです……」



つい溢すと、クアルさん達の目が変わった、ような気がした。



「……へぇ? 君ヴィゼル様に気が無いの?」



別の人が言う。



「ってことは、僕たちにも勝機ある訳だよね」



いきなりずいっと迫られて、脚がすくむ。



「大丈夫、怖がらなくていいよ~? 優しくしてあげるから、ね??」



「うわー脚ほっそー。しろーい」



そして太腿を触られて咄嗟に身を捩った。



「……や、やめてください……ッ」



「え~? いいじゃん。俺たちの中から選んでいいよ。ヴィゼル様よりもよくしてあげるからさ」



ベタベタと無遠慮にいろんなところを触られて、ヨシュアさんに向かって手を伸ばした。



「ヨシュアさん……ッ、たすけ……て」



「──もしかして梨花ちゃん、ヨシュア様がいいの?」



誰かが言った言葉に、目の前が真っ暗になった。



「え……ちが……」



彼にまで迷惑なんてかけたくないのに。

でも、ヨシュアさんは声を上げてくれた。



「あなた達は馬鹿ですか? そのまま罵倒していると大変なことになりますよ?」



「罵倒じゃありません。口説いているんです」



口答えして再び私の身体を触り始めた兵士たちに、ヨシュアさんがはぁあと溜息を漏らした。



「……俺はちゃんと注意しましたからね。何があっても知りませんよ」



「梨花ちゃんがヴィゼル様を嫌がっているのに、俺たちが救ってあげなくちゃ可哀そうだもん、ね~?」



手が胸に伸びる。



「いやっ、やだっ」



──ヨシュアさんは言っていた。

「ここの軍人だって皆、悪い人ばかりではないと気付いたでしょう?」と。

良い人もいれば、悪い人だっている。それは私の国でも同じことだ。

……ヴィゼル様が優しいって言っていた理由も、分かった。

彼は私が嫌だと言ったら、何もしない。

初めて来た日だって、私は無抵抗だった。抵抗すれば殺されると思ったからだ。

でも、少し緊張が解けて、嫌だと言った日に彼はちゃんと自制してくれた。

……私が思っているより、彼はずっと優しいのかもしれない。

そんな彼を皮肉に思っていた私だって、悪い人。



「女の子ってやわらけぇな」



強く腕を掴まれる。



「痛……ッ」



「ほんとうだ……」



「お願い、やめて……!」



すると、ヨシュアさんが声を張り上げた。



「梨花さん、伏せて!」



条件反射で身を屈める。するとドス、という鈍い音と共に、次々に兵士が倒れ込んだ。

何が起きたの……?

すると、絶対零度の声が響き渡った。



「私がいない間に職務放棄か。ヨシュア、異動させろ。役に立たん」



「かしこまりました」



──へ……?



聞き覚えのある声に、ゆっくりと身体を起こす。



「私が出ても良いと言ったのはホテルの中だけだ、忘れたか」



彼はいつもと変わらない表情で、そこに立っていた。

背中には銃を、手には鉄の棒を持っていた。多分、あれで兵士を殴ったのだろう。



「……ヴィ……ゼル……様」



「申し訳ありません、俺が出しました」



ヨシュアさんが謝っているのを見て、私も慌てて言う。



「ごっ、ごめんなさい」



「以後気を付けるのだな。でないと今のように喰われるぞ」



そう言って鉄の棒を投げ捨てた。

──私を助けるために……? なんて、自己中心的だよね。



「……はい」



ヨシュアさんが微笑んで言う。



「梨花さん、今回の非は俺にあります。気にしないで下さい。また次回、続きをしましょう」



そんなこと、言わないで欲しいのに。

人の優しさって、こんなにも心に滲みるんだ。



「生憎、明日は仕事が入っているので……明後日、また伺いますね」



「はい……ありがとうございます」



嬉しくて、ほっとして、それしか言えなかった。



「それでは、失礼します。梨花さん、また」



「はい」



ヨシュアさんがホテルの中に入っていく。

その姿が見えなくなると、ヴィゼル様が言った。



「何を突っ立っている。行くぞ」



「……はい」



少し遅れて、彼に付いていく。

初めてここに来たときと同じ。



──ただ、最初とは少し、心が違う。



「そういえば、まだ貴様の名を聞いていなかったな」



「梨花です。倉石梨花」



「……良い名だ」



え、と彼を見つめるけど、その後ろ姿からは何も分からなかった。



──だんだんと、ヴィゼル様という人が分かってきた。

彼のことがそんなに嫌いじゃなくなっている自分に、今は必死で目を背けていた。