かつて街だった道を、慎ましく……絶望に巻かれて歩く人々。

どこへ向かうかなどという目的も持たずに。

その中に、異様な雰囲気を放つ者がいた。



──誰かが叫ぶ。

「ろ、ロステアゼルムだッ……!」

印象的な、黒に金色のラインが入った軍服。

それに似合う、大型のアサルトライフル。

誰もが嫌でも目にしてきた、この世界の大国の姿だった。



まだ希望を持つ人々が逃げ惑う。

──大丈夫、幸い敵は一人だけ。

逃げるくらいなら、できる。

それが民衆の考えだった。



人々が群れになって、かつてデパートだったところのエレベーターに逃げ込む。

エレベーターは非常用の電源によって動いたのだ。

屋内なら、ある程度は弾丸を防げる。その間になんとかしよう。

そう、人々は思っていた。

しかし──



エレベーターが下に降り、ゆっくりと扉が開いた。

そこには、大量の兵士が銃を構えていた。

大国は、そんなに甘くないのだ。

                

                     ♦



遠目に黒い軍服が見えた。

──あれは、敵国の軍服だ。

私はとっさに走って逃げだした。

何で逃げたんだろう。



……本能だ。死ぬのが怖い。痛いのは嫌。



「誰か、助けて」



心からそう思った。

……すると、腕をぐいっと引っ張られた。



「大丈夫?! もう少しでエレベーターに着くわ、頑張って!」



まだ若い女の人が、私を引っ張ってくれていた。

久し振りに人の心に触れて、涙で視界が滲む。



「ありがとう、ございます……っ」



人間は、やっぱり、優しい生き物なんだ。

無条件で頼れるこの腕だけが、今の救いだった。



やがて、沢山の人が押し寄せる建物に着いた。

ここは……かつて友達と買い物をしていた、デパートだ。

その友達は、きっともう──……



「きゃっ!!」



あまりの人混みで、誰かに押されて転んでしまった。

さっきの女の人ともはぐれてしまった。

腕が離れる瞬間に、何か叫ぶ声が聞こえたけど……。

ごめんなさい、お礼も言えなかった。



「うぅ……うう」



起き上がろうにも、周りは人だらけ。立ち上がれなかった。

やっと人がいなくなった、そう思った時。



コツ、コツとブーツがアスファルトを踏む音が響いた。

実際、ブーツはそれ程音を立てないのだが、私にはハッキリと聞こえた。



だって、目の前にいるんですもの。



「ぁ……ぁ、あ」



恐怖で身体が動かない。

黒光りする軍帽。冷たい視線。向けられる銃口。

明らかに、先程遠目に見た軍人だった。



いやだ、私、ここで殺されるの?

そんなの、いやだよ。



しかし、そう思った直後。



──発せられた、のは。



「……立て」



意外な「音」だった。



本能のままに立ち上がる。

抵抗したら殺されてしまうことは、火を見るよりも明らかだった。



「来い」



え、と一瞬思う。が、軍人は軍帽を深く被っていて、その人が男性であることくらいしか分からなかった。

ここで殺されるよりかは、付いて行った方がまだ生きられるだろう。

──痛いのは、嫌だよ。一秒でも長く生きていたい!

まだ、死にたくない!!



一縷の望みをかけて、私は歩き出した。

                    

                        ♦



暫く無言で歩いた後、元老舗のグランドホテルに着いた。

どうやらロステアゼルム軍が占拠しているらしく、入口には軍人が見張りをしていた。

彼が入口に来ると、その軍人が話しかける。



「……ヴィゼル様、その人は」



どうやら彼はヴィゼルというらしい。

と、



「貴様らには関係ない。私の邪魔をするな」



彼は冷たく言った。



そのまま私は彼に連れられて上に上がり、ホテルの一室に入れられた。

これから……何が始まるの?



嫌な予感がして、私は唇を噛み締めた。

……死ぬよりも、嫌なこと、されるんじゃ。



予想は的中した。

私は彼に両腕を縛り上げられて、押し倒された。

そこで初めて、彼が軍帽を取った。

見えたのは、流れるような長い金髪と、鋭い青い瞳。

あまりにも整った顔だった。

冷たい青い瞳に射抜かれた。



「抵抗すれば命はない」



「……はい」



生きなきゃ、耐えなきゃ。

ただ、彼に従うのみだった。



純白を、彼に奪われた。



「……こんなものか」



私はただ、溢れる涙を拭うことも出来ずにその場で蹲っていた。