梶本 悠飛(かじもと ゆうひ)は、私、谷崎 紬(たにざき つむぎ)の幼馴染だ。



耳まで赤くなった顔を枕に顔をうずめる彼女はクラスメイトだが、名前しか知らないほどの仲。私の隣にいる比較的仲のいい方の櫻井 真緒(さくらい まお)は、興奮気味に足をバタバタさせている。埃が舞うからやめて欲しい。


先生来るよ。私がそう言おうとした時だった。


「きたっ!!」


それを聞いた瞬間の私達の行動はマッハに近かっただろう。

先生が襖に手をかけて横にスライドさせるまでのその数秒。音を立てて布団に潜り込むあたり、既にバレていると思うが、これも泊まり行事のひとつの楽しみ。

掛け布団を口元まで引き上げ、息を殺す。


「⋯⋯もう行った?」
「しっ!まだいるっ」


頭上で寝ている2人の会話を聞きながら、私は目を瞑る。もう、このまま寝てしまおうか。恋バナなんて、興味もないし、ネタだって持ち合わせていない。

そもそも、まだ入学して約2ヶ月しか経っていないのだ。好きな人なんて、考えられない。




「梶本、くん」




真っ赤な顔で、ボソボソとそう言ったクラスメイトの言葉を思い出す。


(悠飛⋯⋯かあ)


私の記憶の中の悠飛は、決してモテ男では無いはずだった。


(あんなチビ、どこがいいんだろ)






私と悠飛は、漫画やドラマでよくあるような幼馴染ではない。

保育園で2年間。小学校で6年間。ただ、ずっとクラスが一緒だったというだけ。


偶然にも、共通点はそれなりにあった。

同じタイミングで転園してきたこと。ひとり親だということ。ピアノを習っているということ。



幼馴染だから、特別な絆で、繋がれているとか、そんなロマンチックなことはない。


小さい時に

「大きくなったら結婚しようね」

なんて可愛らしい約束をした記憶なんて全くないし。

家が隣同士で、ベランダからお互いの部屋を行き来できるとか、壁が薄くて隣の声が聞こえるとか、そんなテンプレ的なものもない。最初から家はかなり離れている。


その証拠に、小学校に上がってから、成長するにつれて、言葉を交わす数も少なくなった。

多分それは、私のせいでもあるんだけどね。


その話は、今は一旦置いておこう。



兎に角、私と悠飛はただの幼馴染。お互い、嫌いあってるわけでもなく、勿論好いてもいない。傍から見たら、ただの同級生。


特別なことなんて何も無い。





強いて言うならば、私のことを「紬」と呼ぶ男子は、悠飛だけだ。