「え?どこなのここ」
 大学の為に田舎から東京に出てきてもう十年になる。そのままこっちで就職してすっかり東京人となった私。

毎日電車に揺られて職場と家を行ったり来たり。ふと思うのは社会っていうのは大きな巨人で、私たち人間はそのヘモグロビンなんじゃないかな。なんてこと。ヘモグロビンなら酸素を運ぶわけだけど、私たちはお金を循環させている。働いたお金でおにぎりを買ったり、たまにはしゃれたレストランに行ったり。お金が流れないと巨人は死んでしまうし、巨人が死ぬと私たちも死ぬのだ〜なんて別段面白くもない空想に浸りながら、荻窪、高円寺、中野、あ、次で降りなきゃ。東中野に私の勤め先はある。ぷしゃー。ぺろぺろ・ぴんぴん ぺろぺろ・ぴんぴん(そういう音しない?)


ところがホームに降り立った途端、はえ…?あ…?おや…?何?ぐにゃあー、とギャンブル漫画みたいにわたしの視界が歪む。え?どこ、どこなのここ?私は聞いたことのない駅に降りていた。え?え?なんで。何が起こったの?

東京に住んでいない人にはピンとこないかも知れないけど、つまり東京の人なら常識だけど、新宿行の中央線といえば中野の次は東中野なのだ。ところがここはどこ?なんだか聞いたこともない駅。どこなのここは?どこなの?すると

「あんたも迷い込んだのか」

急にうしろから声をかけられた。振り返って声を上げそうになった。

その声の主はデーモンーーそう、インディーズで出したデビューアルバム「〜混沌〜カオス」が6万枚の大セールスを記録し、そのまま一気にメジャーまで上り詰め、2NDアルバム「魔〜デモン〜」で5万枚の大ヒットを飛ばした、あのーーデーモンデビル(通称デモデビ)のヴォーカル、シンにそっくりな男の子だったからだ。

思わず「シン…?」と尋ねると「ばっか、でけー声だすな、あと、ここではそーゆーの、よせ」うそ!この子本当にシンなの?デーモンデビルのシンはたしか小6でデビューしてるから、ってことは今中2くらい?めっちゃ顔小さい、しかも肌綺麗、まつ毛ながっ!ふおお、とか思ってると

「本田でいいから」

え?

「だーかーら。おれの名前。本田って呼んで」

眉間にしわを寄せてぶっきらぼうに言うシン、もとい本田少年。それよりなにより、えー?シンの本名、本田っていうの?「ねぇねぇ、下の名前は?」私はついつい興味本位で、相手はデーモンデビルのボーカル(年収だって億単位だとか週刊誌で読んだ)で、私にとっては天上人みたいな存在であるにもかかわらず、目の前の子供(実際背丈は私より低いっていうか、公式じゃシンは160あるはずだけど、絶対150あるかないかだよね?)を相手にしてしまうとちょっと優位に立ったような気分になって聞いた、けど「下の名前なんかどーでもいーだろ!」と突っぱねられた。口の悪さが板についてなくてめちゃかわである。何この可愛い生き物、と絶対に口には出さずに私はそう思った。「あんたは?」ーー私?「そーだよ、あんたの名前だよ。呼ぶ時困るだろ」あ、そうだよね。私は両津…「あぁ、いいから」え?「フルネームとかいいから。名字だけで」ぶっきらぼうに言うシン。「両津ね、ふーん」この時私はもしかしてシンの本名って本人にとっては言いたくないほど可愛い名前とかなのかも、とか考えておりました。(ぱん太、とか、ゆめひこ、とか)

「なぁ、ここってなんだと思う」

ホームのベンチで私たちは話してた。会社には完全に遅刻している時刻だ。

「ぜってーおかしいよな、急に変になった」
急に変って?

「だって、中央線って西荻窪、荻窪、阿佐ヶ谷、」「高円寺、中野、東中野…」

後半は二人でハミングしてしまった。ところが本田少年はハミングは気にかけず「やっぱりそうだよな!中野の次は東中野だよな!?」と言った。そうだよ。中野の次は東中野。東京の常識だよ。けど私たちは実際に今、東中野ではない聞いたこともない駅にたってるのだ。シンこと本田少年の様子にはだんだん焦りが滲んでいた。私は彼を励まそうと「でも、ほら駅員さんに聞いてみたら、なんとかなるかも」と楽天的に言ってみた。彼を慰めるつもりだったのだけれどーー

「ばかっ!」強い調子でシンは言った。「おれたちが別世界から来た異端だと分かったらあいつら、何してくるかわかんねーぞ」ーーべ、別世界?まさか、いくらなんでもーー「ここは異世界なのかも知れねー。おれ見たことあるんだよユーチューブとかで!」