春子さんは、そう言いながら懐かしそうに微笑んだ。
その笑顔に暗さはない。
あぁ春子さんは、心の底から旦那さんを
愛しているのだと分かった。

「それにあの人ったらいつの間にか
車椅子の陸上のことを聞いたらしくて
もともと陸上や車とか好きな人だったから。
“俺の愛車でお前を世界に連れてってやる”とか
言っちゃって……必死でリハビリをして
パラリンピックに世界に
私を連れて行こうとしてくれたのよ。
まったく……無鉄砲と言うかどうしようもない人」

「でも、全て私のためだった。
いつの間にか励ます側の私が励まされていたわ。
あの人が……1番辛いはずなのに。
だから私は、決めたのよ。今を大切にしようって
今は、主人と一緒にトレーニングしたり
世界に行くのが楽しくて仕方がないわ。
だからあなたも大変かも知れないけど
諦めないであげてね。日向君のためにも」

「はい。」

とても素敵な夫婦愛の話を聞かしてもらった。
胸がポカポカと温かくなる。
そうか……私も今を大切にしたい。
この夫婦のようにお互いを支え合いたい。
何だが不思議と希望が見えてきた。
すると松岡さんが春子さんに

「春子さーん。
源さんが3本目を開けようとしていまーす」と
大声で呼んだ。

「あ、松岡。チクるなって!?
加藤……お前、松岡に喋るな」

「アハハッ……」

「もう……あの人ったら。
どうしようもない人なんだから。ちょっと源さん」

困ったと言いながらも春子さんは、
嬉しそうに笑っていた。
きっと彼女からしたら、これが幸せなのだろう。
クスクスと笑いながら見ていたら課長がこちらに来た。

「そんなところにずっと居ると風邪を引くぞ?」

「あまりにも夜景が綺麗で……つい」

フフッと私は、笑った。
課長も同じようにベランダで夜景を眺めた。

「俺は……最近になって義足になるのも
悪くないと思えるようになってきたんだ」