Alone Again

「夢が叶うまで彼は待てないと?」


「誰もが私を非難すると思うわ…根拠のないワガママを理由にね。
優柔不断な態度が触発したのであれば彼の衝動は受動的で理に敵ってるけど、納得し難い動機で執拗に詰め寄られたから、気心がくすんでしまったのかも…」


「イビツな愛情が一方的な執着心へと肥大化したのであれば、募らせた愛情さえ曇らせる覚悟も範疇に?」


「ストイックな彼が計略した定石であるならその愛は恣意的よ…その確執に一度でも媚びてしまうと、想いに駆られた愛でさえ惰性化してしまうから」


狙っての事なら明らかに確信犯だが───


「安易な選択を念頭に置く事が堕落の定義なら、その兆候を未然に防ぐ手立ては?」


───その心持ちに偏見は無いのだろうか…


「食い止めようにも余力の渇れた私にその術など無かったわ…逃れようのない不安が彼のセオリーに感化された心の焦点にまで影を落としたていたから」


理不尽な経緯を建前とする屈強なメンタルとは真逆の脆弱心に矛盾的差異を感じたのも、背景にある思惑が後述の中で見え隠れしていたからだ。


「彼は結婚を言い訳に歪んだ支配欲を満たしたいだけ…でも勘違いしないでね。
不和とはいえ動機が不純だとは思っていないわ、成婚への拘りも価値観の劣化とは別物だし…
ただ将来を見据える上で骨抜きとなった愛が重荷となり二の足を踏んだのは事実よ…隠し立ては意に反するから正直に打ち明けるけど───」


寡黙な眼差しは頑なに自身を責めるが、饒舌に嘘を並べる人ではない。
では彼の慢心が驕りの束縛を招いたのか…結論から言えば違う様だ。


「───彼の理念が呪縛と化し、穏やかな性格までも狂わせたの」


「その呪縛とは君が感銘を受けたというセオリーの事を指してる?」


「えぇ…察しの通りよ」


「その言葉は今も…?」


軽く頷くと彼女は徐に天を仰ぎ、辛そうな笑顔で…


「『可能性とは究極の指標、だからこそ未来は決意で変わる』
気落ちしていた私にとってそれは、助言を越えた救いに聞こえたわ…追い求めた理想は萎み、散りゆくだけの夢を見ているだけだったから。
例えその灯火が希望の幻影であっても、すがりつくしかなかったの…盲目的にね」


「強気な君が付け入る隙を与えたんだ…
研ぎ澄まされた格言からポジティブな気構えだった事は容易に想像出来るけど、実際にはどうだった?」


「正に正攻法の鏡ね…筋道の立て方もそうだけど、奇をてらう事を凄く嫌っていたわ。
だから私との関係が進捗しない事への焦りを吐き出せずにいたのかも」


そう言ってうなだれたが、僕がそれを否定すると気を取り直したのか…


「解釈の相違があって然りだけど、貧弱だったのはむしろ私の判断力の方…当時は精神が病んでて、キャパシティが著しく劣っていたから。
だからかな…聞いた瞬間、明晰夢の様な不思議な感覚に囚われたわ」


痛切な苦境でさえ軽妙に回想する彼女は、揺れ動く心境の今昔についても滔々と切り込む…


「今になって思えば多くの事に気付かされた二年だったわ…自分を責めるくらい大切な恋もそうだったし、愛が終章を迎えれば素敵な思い出よりも悲しい過去として記憶に残るのも理解出来てた…この愛を滞らせたのは彼の軽薄さだけではないの」


だが差し迫った想いとは裏腹に、悲恋の定則を覆す憎悪の美化が彼女の狙いを隠しているかの様に見えるのは何故か…
とはいえ、彼の豪胆さが皮肉にも彼女を自身の解放へと突き動かした。
したたかなイメージの無い彼女を追い込んだ軽率さが功を奏したと見るべきだが、その功罪には更なる続きがあった。