真月から電話が掛かってきたのは、今晩泊まるホテルの部屋に着き、荷物を床に置いたときだ。

鞄の中でスマホが震えていた。

意を決して『応答』のボタンを押し、耳に当てる。

「もしもし?」
『朝陽か?』

焦ったような真月の声が私の名前を呼んだ。

『合鍵がポストに入っていたんだが……お前か?』

鍵が返却されていることに気づいたんだね。真月。

「そう。あれはもう、私が持つべきじゃないから」

宮端さんという存在がいるのに、私が合鍵を持っているのは可笑しいでしょう?

『どういう意味だよ?』

あなたに恋人が出来たからでしょう、とは言えなかった。
嬉しいことなんだけど、やっぱり辛いものは辛い。

「……15年前さ。突然、恋人と親友を失ったよね。本当に突然だった」
『う、うん?』

突然、15年前の話を始めた私に真月が困惑そうな声を出す。

「なんで私が助かったんだろう?なんで、心くんや麻子だったんだろうって何度も思った」

晴天のホワイトデーだった。
交際半年。幸せな1日になるはずだった。

瞳を閉じると押し出された涙が一筋溢れた。瞼の裏には、あの日見た澄んだ青空が焼き付いている。

「15年前のあの絶望の中で、“真月が生きている”それだけが私の最後の希望だった」
『……そうだな。俺も朝陽が生きていてくれたから、救われた』

赤ちゃん。
聴こえていますか?

貴方のパパの声だよ。
ぶっきらぼうだけど優しい、パパだよ。

「真月。ありがとう……」

それだけ言い残して電話を切った。そのままの勢いでラインをブロックした。
今までのトークは非表示にして視界に入らないようにした。

サヨナラ。真月。
黙って居なくなる私を許してください。

明日から新しい街で新しい人生が始まる。
これからの真月の人生がどうか幸せでありますように。