仕事をしていれば余計なことは考えなくて済む。やらなければいけないことは次々と出てくるから、私はただそれを忠実にこなすだけ。
現実逃避は駄目だと分かりながらも、これ以上何かを考えるのはキャパシティオーバーだと思う。
「父の日企画の試作品出来ましたー!」
「おー!」
製造部の人が瓶を持ってきた。
父の日企画は真月が『親と子の語らいの時間』をコンセプトに企画したもの。うちの社で製造されてきたお酒よりも辛みを抑えてやや甘めにして、辛みの強い日本酒が苦手な若手の世代にも飲みやすいものに改善した。これを一緒に飲みながら、父親と子どもの語らいの時間を作って欲しいという願いが込められている。
「洗練されたデザインですね」
「これなら女性でも購入しやすいデザインじゃないかな」
「味見もお願いいたします!」
試作品が出来たら一口飲んでもらってアンケートを取っているのは毎度のこと。もちろん、強制ではないし、体調悪い日や妊婦さん、アルコールが一滴も飲めない人達は断ることもできる。
「春川さんもいかがですか?」
「あ。ごめんなさい。今日風邪薬飲んじゃって……」
「あ、そうなんですね。お大事に!」
風邪薬なんて飲んでいない。
妊娠を誰にも言っていないから、その代わりの言い訳だ。
普段、アンケートには積極的に参加する。お酒は好きだし、ただの事務員の意見も聞いてくれるのは嬉しい。
アンケートを避けたのは、お腹にいる子どものことが頭をよぎったから。
私の行為で傷つけたくない。
苦しんで欲しくない。
一瞬、浮かんだその想いは私の中の細やかな母性なのかもしれない。


