『Cry for the Moon』

会社から近い街角にある隠れ家のようなバーに私は足を運ぶ。
看板が小さく、薄暗い店内で会社の人に会うことも少ないから、気に入っているのだ。

今日は二週間ぶりに会うアキラさんとの待ち合わせだ。
扉を開けるとベルの音が鳴り、その音に反応したカウンターの人影が振り返る。

薄暗いけれど、もう何度も待ち合わせしてきたから分かる。アキラさんだ。

私に気づいたアキラさんは小さく手を上げてくれた。

「マスター。彼と同じものをください」
「ウイスキーだよ?これ」
「あなたの前で飲めない女性を演じるのも今更でしょう?」

私はお酒が強い方だ。
所謂、レディーキラーと呼ばれる度数の強いカクテルを飲まされても、前後不覚に陥ったことはない。ホテルに誘われたら、自分の意志でついて行く。

「今日も忙しかったの?」
「まぁ、年度始めですから。中途採用の新人を指導担当しているんです」
「へぇ。優秀?」
「とっても。飲み込みが早いし、やる気に満ちているし」
「当たりだね」

アキラさんとの関係は依然、宙ぶらりんなまんま。『ゆっくり考えてくれればいいよ』というアキラさんの言葉に甘えたまま、進展も断りもしていない。でもこうして二週間に一度くらいの頻度で会い、それぞれの近況を話している。そのあと彼の家に泊まることもあるけれど、身体の関係はパタンとなくなった。