夕暮れ時になれば、ほとんどのお客様は帰られる。

私は康晴さんが淹れてくれたノンカフェインのコーヒー片手に、夕陽を見つめるのが日課だ。
この珈琲屋にはテラス席があって、丁度西の空を眺められる。夕陽が自慢の特等席だ。

「綺麗だね〜。空(そら)」

すっかり大きくなったお腹をさすると、返事をするように中から強く蹴られた。

「今日も元気だね、空」

赤ちゃんの名前は”空“と決めた。
この子の存在だけが、私と真月を繋ぐ唯一の存在だから。

朝に輝く太陽と真昼の月。
私達が生きる時間は違う。だけど、いつだって私達はこの大きな空で繋がっている。そう思ったら、空って名前がこの子にぴったりな気がしたんだ。

真月。あなたは今どうしていますか?

幸せですか?
大切な人を……宮端さんをちゃんと愛していますか?

坂のふもとで犬の鳴き声がする。
あそこの犬は立派な番犬で飼い主以外の気配を感じるとよく吠える。あの鳴き声を聞くとお客様が来たのかなという合図にもなる。

でももう予約のお客様は全員来たし、時刻は夕方だ。 道を間違えた人だろうか。

この付近は街灯がほとんどなく、日が暮れると狭い坂道を下るのは困難になる。迷ったなら正しい道を教えたほうがいいだろう。

そう思って立ち上がったとき、シルバーの軽自動車が見えた。
車の音が聞こえたのだろう。康晴さんが中から出てくる。

「お客さん?」
「どうなんでしょう……?」

シルバーの車が止まる。
運転席が開き、人影が現れた。

逆光で顔が見えないのに、そのシルエットに見覚えがあって、私は息を呑む。