13時40分、すでにサユリは待ち合わせの場所であるK駅に到着していた。服装は、前日から悩んだ末、薄いピンク色のワンピース(注1)に決めた。気持ちがはやっているのが自分でもわかった。時間の進みはこんなに遅かっただろうかと思うほど、待ち合わせまでの十数分がとても長く感じる。
 13時55分、改札を出ようとする長谷川先輩の姿を見つけた。緊張感が一気に高まる。
「長谷川先輩!お久しぶりです」
「あっ、お久しぶりです。すみません、一瞬古葉さんだって気づけなかったです」
 本来なら先輩なのだが、タクトはなぜか敬語になる。タクトは、後輩に対しても、打ち解けるまでは敬語を使ってしまうクセがあるのだ。
「えっ、本当ですか!この1年の間に、そんなに変わりましたかぁ」
「あっ、ごめん。そのぉ、高校のときは制服姿しか見たことがなかったので……。本当にすみません」
「古葉さんって、こんなに可愛かったっけ」
 タクトは内心を悟られないように取り繕おうとするが、しどろもどろになってしまう。
「いや、そういうつもりで言ったわけではないです。先輩の方は変わってなかったので、すぐに分かりましたよ」

「ここらへん、ほとんど来たことがないんだけど、喫茶店とかあるかな」
 タクトは周りを見渡しながら言う。
「喫茶店なら、ファンマルクとかベローキがありますよ」
 サユリはチェーンの喫茶店を候補として挙げる。
「じゃあ、ベローキがいいかな」
 喫茶店のことなどよく分からなかったので、言葉の響きで選んだ。
「それなら、こちらです」
 サユリは、タクトを案内しながら歩く。
「なんか人が多いね。イベントでもやってるのかな」
「K駅はいつもこんな感じですよ」
 そうこうしているうちに、ベローキに到着する。土曜日ということもあり、店内は8割近く埋まっていた。窓際の2人掛けの席に座り、メニューを見る。
「古葉さんは何にする」
 タクトはメニューを見ながら言う。
「えっ、えっと、カフェラテにします」
 サユリはあわてて「冷たいの」と付け足した。
 タクトは、自分のアイスコーヒーと一緒にアイスカフェラテを注文する。
 注文を取ったウェイトレスの女性が立ち去ると、サユリはどう話し始めたらいいか迷っていた。

(注1)ワンピース 上衣とスカートがつながった女性用の衣類。