終われない青春

 ”神宮球場事件”から一週間たったある日、サユリはLINEのメッセージを見て驚いた。タクトからの通知だった。
 サユリはあの日以来、タクトにメッセージを送ることができなかった。この状況を好転させる自信がなかったからだ。

(先日は、本当にごめんなさい。あの日は無事に家に帰れましたか?帰れていれば幸いです。もし僕のことを許してくれるのなら、明後日の午後2時に、横浜の赤レンガ倉庫に来てください。許すつもりがなければ、僕のアカウントを削除してください)

 ”横浜の赤レンガ倉庫”という地名に、一瞬心が躍った。長谷川先輩には似合わなそうな場所だと思ったが、とりあえず閉塞的な局面が打開されたことだけは確かだった。サユリは急いで返信文を考える。もちろん、「許す」の選択肢は決まっている。問題は、明後日の成り行き次第で2人の関係性が大きく決定づけられてしまうことだ。プラスにもマイナスにも転ぶ可能性がある。こうなった以上、これまで築いてきたギリギリの均衡を崩していくしかないのだ。

(許すとか、そんな深刻なことだと考えないでください。私の方こそ、あの時は不躾なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。もちろん、横浜の赤レンガ倉庫に行きます。明後日先輩と会えるのを楽しみにしています)

 よかった……古葉さんは許してくれたんだ。タクトは、送信から2時間後に帰ってきたメッセージを読んで安堵する。あんなことをしてしまったのだから、返信がなくても仕方ない。そう考えていたので、返信があったことが嬉しかった。
 タクトは、いわゆる”デート”にふさわしい場所を必死で探した。一般的なアベックは、遊園地や水族館に行くらしい。インターネットの検索エンジンで「デートにおすすめの場所」と調べただけで、未知の情報がたくさん表示される。パソコンの液晶に表示された検索結果は、タクトにとって新鮮な情報の洪水だった。古葉さんも本当はこういう場所に行きたかったのかな……そんな考えが脳裏をよぎる。
 タクトは、ある決意を固めていた。