終われない青春

 サユリは呆然としていた。突然の事態に直面し、どう行動すべきか分からなかった。駅はすぐ近くだし、最寄り駅までの電車の乗り継ぎも問題ない。しかし、先輩が戻ってくるかもしれないため、このまま待ってみることにした。
 「恋人になりたい」という言葉が先輩を追い詰めてしまったのだろうか。少し焦りすぎたのかもしれない。このまま2人の関係を終わらせてしまいたくはないが、今連絡するのは逆効果だと思い、LINEのメッセージを送ることはしなかった。いや、できなかったといった方が正確かもしれない。
 30分くらい経ってもタクトが戻ってくることはなかった。十数名ほど残っていたヤクルトの応援団も引き上げたので、自分も帰宅することにした。最寄り駅までに2回ほど乗り換えたはずだが、どうやってここまでたどり着いたか覚えていない。家までの道すがら、タクトが去っていった場面が頭の中を繰り返し流れていた。そもそも、悩みなんてなさそうなタクトが自分の人生を悲観的に捉えていたとは、思いもよらなかった。
 もっと時間をかけて慎重にアプローチすべきだったのかもしれない。そんな後悔がサユリを襲う。悲しい気持ちを、溜まった疲れと一緒に洗い流そうと思って、お風呂に入ることにした。湯船につかっていると、今までの楽しかった思い出と数時間前のフラれてしまった記憶が同時に押し寄せてくる。何度も顔を湯船にうずめてみるが、とめどなくあふれ出す涙を抑えることはできなかった。
 あれから数日間は、大学の授業も上の空だった。同じ学部の友人には「そういえば、最近長谷川先輩の話しなくなったね」と指摘された。これまでは、タクトのことを友人たちにも話していた。しかし、今タクトのことを話せるはずがない。
「まあ、いろいろあってね」
 沈んだ口調で答える。
「あっ、ごめん。触れちゃいけなかったかな」
 友人はサユリの様子に気づいたようであわてて取り繕う。
「サユリはさ、何でも自分の責任だと思いすぎなんじゃないかな。迷ったら私に話してみてよ。相談に乗ってあげるからさ」
 気遣いはありがたかったが、この状況を他人に相談する気にはなれなかった。