終われない青春

 ペペロンチーノには「絶望のパスタ」という意味があるんだよ。まともに材料を用意していない状態でも、ニンニクとオリーブオイル、唐辛子さえあれば作れることからこう呼ばれているんだ。
 運ばれてきたパスタを前に、タクトが雑学を披露する。
「先輩って物知りですよね。どうやってそういう雑学を勉強しているんですか?」
 サユリは、興味ありげな表情でタクトに尋ねる。
「普段からアンテナを張り巡らせておくことだよ」
 真顔で答えるタクトを見て、サユリは噴き出しそうになる。キャミソールも知らないくせに……サユリは笑いをこらえながら質問を続けた。
「じゃあ、流行りのアイドルとかは気にしないんですか?」
「うん。興味がないからね」
 ばっさりと切り捨てる。このセリフをアイドルのプロデューサーが聞いたら悲しむだろう。タクトは、時々厳しい意見をずけずけ言うことがある。こういう一面も、サユリの目には魅力的に映っているのかもしれない。
「じゃあ、私のような髪型のことを何て言うか分かりますか?」
 サユリは、からかうような口調でタクトに問いかける。
「その髪型に名前なんてあるのかい?」
 正解にたどり着きそうにないので、ポニーテールだと教えてあげた。
「ポニーテール……たしかに馬の尻尾のような形だね」
 競馬場に通い詰めているタクトは、競走馬の尻尾を飽きるほど見ていた。馬の尻尾のようだ、と真顔で言ったタクトがおかしくて、サユリは思わず笑い声をあげた。
「馬の尻尾みたいって、何言ってるんですか!」
「ごめん……古葉さんのことを馬みたいだと言ってるわけじゃないんだ。そういう髪型もありだと思うよ」
 サユリを怒らせてしまったと思ったタクトは、必死に弁解する。その様子が面白かったようで、サユリはけらけらと笑い声をあげている。
「そんな、謝らなくてもいいですよ。怒ってるわけじゃないですから。ポニーテールは有名な髪型なんです。というか、文化祭のクイズ大会で私が答えたの覚えてないんですか?」
「覚えてないよ。髪型なんてみじんも興味がないから」
「いや、興味なくても普通は知ってると思いますよ」
「それは、古葉さんがファッションとかに詳しいからだよ」

 S駅のホームでは多くのサラリーマンが電車を待っていた。タクトとサユリは反対方向の電車に乗るため、ここで分かれることになる。まもなく、タクトの乗る電車がやってきた。
「また、何かあったら誘ってください」
 電車が駅のホームに到着する直前、サユリが言う。
「今度は古葉さんの方から誘ってよ。僕の行きたいところばかりじゃ申し訳ないから」
 タクトの何気ない言葉に、サユリは驚きの表情を浮かべる。
 私が長谷川先輩を誘う……考えただけでも胸が震えてきた。
「じゃあ、また今度」
 タクトが、到着した電車に乗り込む。
「今日はありがとうございました」
 閉まる寸前の電車に向かって、軽くお辞儀をした。