腸管への血流が途絶えて組織が壊死し始めており、あと少し遅ければ最悪の場合死に至る可能性もあった。とにかく極めて危ない状態だったのだ。

それを篠宮先生が執刀し、無事に手術は成功。事なきを得たということだ。

「山田さん、早期離床は傷の治癒にもいいんですよ」

篠宮先生は優しく諭すような口調で、決して感情的になったりはしない。ふわりとした優しい微笑みを見せるその姿は、思わずうっとりしてしまうほど魅力がある。

「それでもまだ痛いんだよ。お願いだから、歩けとか言わないでくれよ」

痛みのせいでナーバスになる患者さんも少なくはない。それでも早期離床は大事なので、ここからは看護師の腕の見せどころ。

声かけひとつでやる気になったり、逆にやる気をなくさせたりしてしまうから慎重に関わらなくてはいけない。

「山田さん、できることからコツコツと私たちと一緒にがんばりましょう。まずは寝返りから始めてみましょうか」

労うように声をかける。ただ押しつけるだけではやる気をそいでしまうので、まずは小さなことからだ。

「まぁ、寝返りくらいなら、できるかな」

「その意気ですよ。小さなことからでいいので、できるだけ動こうと心がけて下さい」

励ますように山田さんの肩に手を添える彼の顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいる。

外科の先生は短気でプライドが高いとよく聞くし、実際に無表情でニコリともしない怖い先生もいるけれど。

篠宮先生は基本的にいつも落ち着いている。気分のムラで仕事している姿なんて見たことがない。

スッキリ爽やかな外見に加えて感情の波が穏やかなせいか、患者さんウケがよく、スタッフからの評判もいい先生だ。

一年間一緒に仕事をしてきて、患者さんに対してすごく誠実で丁寧、真面目に人と向き合う人なんだということを知った。

篠宮先生の手にかかれば、どれだけ不可能と言われる手術でも、ほとんどの割合で成功する。

週二回の篠宮先生の外来の待ち時間は、紹介状を持ってきている場合でも四、五時間はザラだ。

というのも八割の患者さんが他院からの紹介を受けてやってくるから。

他にも篠宮先生は大学生への講義や、学会への症例の発表、教授になるための論文の制作など、私なんかとは比べ物にならないほど多忙な日々を送っているらしいのだが、篠宮先生と話していると微塵もそれを感じない。

落ち着いた大人の余裕が、そうさせるのだろうかと、つい三日前まではそんなふうに思っていた。