篠宮先生が私と一緒になることで、メリットなんて何ひとつないのだ。
優の姿を見かけたからなのか、あのときの古傷が痛んで胸がギリッと締めつけられる。これ以上一緒にいてもツラくなるだけだ。
「わ、私、ここから電車で帰りますね。どこか適当なところで下ろしてください」
「あの男のところに戻るのか?」
篠宮先生が訊ねる。
ハッとして隣を見ると、これまでに見たことがないほどの怯むような強い眼差しを感じた。
今まで強気に出ていた私でも、思わずなにも言えなくなってしまうほどの威圧感がたっぷりだ。
「さっきの男は柚を待ってたんだろ?」
この際呼び捨てにされていることはもうどうでもよかった。それよりも、すべてをわかっていてそう言っているかのような口ぶりに驚く。
「ち、違います、そんなわけないじゃないですか」
「その割には、顔が引きつっていたが?」
違うと否定しても、きっと全部知られている。そういう鋭い人なのだ、篠宮先生という人は。
それがわかって、私はそそくさと視線をそらすしか他になかった。
「とにかく今夜は帰したくない」
「なっ」
「だからこのまま俺のところにこい」
歯が浮くようなロマンチックなセリフにドキッとしそうになる。けれど、ギリギリのところで思いとどまったのは、過去の経験のせい。