「この間はお力添えいただき、ありがとうございました。おかげさまで海外への進出も、本格的になりつつあります」

「いやいや、それはきみの実力だろう。ここへは仕事で?」

「あ、いえ。プライベートで少し」

声のトーンが下がり、困ったように苦笑い。優がどんな顔で笑っているのかは顔を見ずとも予想ができた。

プライベートでいったい、なんの用事だというんだ。知りたくはない、関わりたくもない。できればもう二度と会いたくはなかった過去の男。

「先生もオフモードですよね。おデートですか?」

クスッと笑った彼の視線がこちらを向いたのが気配でわかる。

嫌だ、これ以上ここにいたくない。まるで拷問でも受けているような気になる。どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。

「ああ、婚約者なんだ」

「へえ、それはそれは、おめでとうございます。ご結婚はいつ頃ですか?」

「年内には籍を入れたいと思っているんだよ」

ちょ、ちょっと待って。

「あ、あのっ」

我慢ができなくなって顔を上げた。そこにはゆるりと微笑む篠宮先生と、少し屈んで窓から顔を覗かせる優の姿。

目が合い、ハッとする。優の方もすぐに私に気がついて、大きく目を見開いた。