音羽は、ユールヒェンの部屋を見つめる。カーテンが閉められた部屋で、今もユールヒェンは落ち込んでいる。それが、音羽の胸に突き刺さった。

「あの、またユールヒェンの様子を見に来てもいいですか?」

音羽がそう訊ねると、お母さんは「ええ、もちろん」と微笑む。

「Danke schon(ありがとうございます)」

音羽は頭を下げ、学校へと向かう。その足はしっかりとしていた。

音羽ができることは、ピアノを弾くことと歌を歌うことだ。それ以外、何も才能はない。

なら、その才能を活かすしかない。音羽はいつも「誰かのため」ではなく、「自分のため」にピアノを弾いていた。歌い手を始めたのだって、自分の興味があったからだ。

ユールヒェンのために、歌う。音羽はそう決意し、何を話そうかと考えた。



それから二日経った。ユールヒェンは今日も学校に来なかった。

音羽は、ユールヒェンの好きなリンツァートルテを持ってユールヒェンの家に行った。まるでピアノのコンクールの時のように緊張している。