三月の夜は寒い

だけど・・・堂本に引越して二日の私には

既に頭の中がいっぱいで
夜風も心地よく感じる


「不安か?」


いつの間にか隣にいた理樹さんを見上げると


「亜樹か?」と温かい手が頬に触れた


目蓋の腫れた原因は亜樹さんだけど
それは“不安”とは違う

返事に困ったまま外せない視線は
昨日より優しい眼のお陰で
少しは楽で・・・

倉庫で亜樹さんの腕の中に居た私が
知らぬ間に此処へ連れて来られたのだから

理樹さんが理由を知らないはずもなくて

それでも

きっと私の口から聞きたいんだと解釈して
頭の中で覚悟を決めた


「亜樹さんに・・・」


そう切り出した私の唇を
頬に触れていた手が覆った

驚いて目を見開くと


「話さなくていい」


少し眉毛を下げた理樹さんが
泣きそうな顔に見えて

胸が苦しくなる


「忘れろ」


唇を覆った手が前髪を搔き上げ
露わになったオデコ

そこに近づいた理樹さんの唇がリップ音を立てた


「・・・っ」


驚いて固まる私を
理樹さんの長い腕が包み込んで


騒がしくなる鼓動を治めるように
理樹さんのフゼアの香りが立った


「俺が琴を護る
だから・・・俺の側を離れるな」


“護られる”の呪縛に酔いそうで
返事も忘れたまま
理樹さんの背中に手を回した