「止めろ」


ガシャーーン




完全に我を忘れた俺を正気に戻したのは

一瞬呼吸を止める程の衝撃とお兄ちゃんの声だった


「・・・痛てぇ」


身体の痛みに起き上がると
料理が並んだテーブルの上に乗っていた


「・・・っ」


下りようと手をついた瞬間に
ビリっと電気が走ったような嫌な感覚があった


手のひらを見ると


割れた皿とグラスの破片が刺さっていた


「痛てぇ」


少しずつ冷静さを取り戻す間に
周りの状況も見えてきた

さっきのクソ女は両手で顔を覆って泣きじゃくっていて

その側にはそれを宥めるそいつの母親


そして・・・


目の前に鬼が降臨したような
恐ろしい殺気を放つお兄ちゃんが居た


俺を中心に遠巻きに見る奴らの間から

着物姿の親父が出てきて俺を見ると顔を歪めた


「亜樹、来い」


強く腕を引いたお兄ちゃんは
無言のまま会場を出るとエレベーターに乗って上層階の部屋へと入った


「座れ」


ソファの前で腕を離され
向かい合って座る


「分かるように説明しろ」


そう言うとタバコに火をつけた


目の前に座るお兄ちゃんに
生まれて初めて恐怖を感じた


中学生とは到底思えないほどのオーラ


ただ座っているだけなのに
部屋の中の空気はピンと張り詰めていて背筋が伸びる

テーブルの上に投げ出された所為で
なんだか臭い俺の背中

それらを感じさせない程の威圧感に
さっきの女とのやり取りを話した



「亜樹、お前ももう理解できる年だ」



「・・・」



「確かに母さんは無理をした」



「・・・っ」



「だが、それは母さんが決めたこと
他人がとやかく言うことじゃねぇ
それに・・・
お前がその母さんの気持ちを
汲んでやらなくてどうする」



光を映していない
漆黒の瞳から視線がズラせず

頭の中に少しずつ霞がかかる


・・・俺を生むために無理をした


その言葉だけが何度も蘇っては
胸を苦しくさせる

いつものように“大丈夫”って
頭を撫でて欲しいのに

今日のお兄ちゃんはそんな雰囲気も無くて

余計なことを考え始める

そんな時

お兄ちゃんの携帯が鳴り出した


「俺だ」


そう言って黙って相手の話を聞いてる
眉間に皺を寄せたその顔に
もう一度背筋が伸びた


「此処へ連れて来い」


最後にそう言って電話をポケットに戻したお兄ちゃん


誰が連れて来られるのか想像はつく

けど・・・

謝りたくない

カッとして女の子を殴ってしまった俺を

正当化するように
言い訳が沸いてきた