side 理樹



夢を見ていた

懐かしくて・・・温かい夢



・・・・・・
・・・



「お母さん、僕ね
お兄ちゃんになりたい」


「どうしたの?理樹」


「だってね・・・」


幼稚園で隣のパンダ組の奴らが


「弟が」「妹が」って
何かあると口癖みたいにそう言う

だから・・・
お菓子を我慢したとか
半分こしたとか

オモチャを取られたとか

聞いてるだけで
ちょっとも羨ましいなんて思わなかったのに


「弟が生まれたから
“お兄ちゃん”になったんだ」


そんな簡単な言葉を得意げに言う姿に悔しさが込み上げた

弟か妹がいないと
“お兄ちゃん”になれない

そんな決定的な事実を
帰って早々に母にぶつけたんだった

元々心臓が弱かった母は
俺を生むだけで生死を彷徨った

なんとか回復したものの
俺の記憶の中の母は
いつもベッドの上に居た気がする

長い黒髪が綺麗な色白の母
いつも優しくて

いつも微笑んでいて

いつも俺の味方だった

あの時はそれが母の命を脅かす程の事だと思わず

母のベッドに上がっては

「お兄ちゃんになりたい」

ワガママを言い続けた

あの時の俺の言葉を
母はどんな想いで受け止めていたんだろう

命がけの決断をするのに
どれくらい悩んだんだろうか

どれ程の恐怖と向かい合ったんだろうか

今となっては聞くことも出来ないけど



「お兄ちゃんになるのよ」



ある日そう言った母は
いつもより強く俺を抱きしめてくれたことを覚えてる


「お兄ちゃん」


妊娠が分かってから出産までの間
入院を余儀なくされた母

お見舞いに行くたびに大きくなっていくお腹としんどそうな母

いつもなら父さんの受け売りで
「お母さん大丈夫?」って
頭を撫でてあげるのに

そんなことすら忘れた俺は


母から教えられる“お兄ちゃん”としての心得を

守ることに必死になって

いつしか

母が家に居ないことが当たり前になっていて

亜樹が生まれると同時に
命を落とした母を見て

初めて“恐怖”を覚えたんだった


俺がワガママを言わなかったら
母さんは今でも家で笑っていたんだろうか?

俺がもっと大きかったら・・・

いや・・・

もしもなんて・・・あり得ない

欲しくて欲しくて願った弟に会ってしまったからには

この感情を消すことなんて出来ない





・・・母さん・・・ありがとう


俺をお兄ちゃんにしてくれて


俺に亜樹を残してくれて



「理樹」



優しくそう呼ぶ母の声を
俺は死ぬまで忘れない





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