「俺の方こそ、ごめんな。結果的にはお前のこと振りまわす形になって」

「そんなのいいの。むしろ、柾斗のおかげで今の私は自由の身になれたから」


会話の内容が、ちっともわからない。

どうして神藤さんは、美嘉さんじゃなく私と偽装結婚したのかと、今更な疑問がまた頭をよぎる。


美嘉さんの目が、私に向いた。



「杏奈さん、よね? 今日は本当にありがとう」

「いえ」

「今度ちゃんと、お礼させてね?」

「いや、別にそういうのは」

「ダメよ。そうじゃなきゃ、私の気が済まないもの」


そしてバッグを漁った美嘉さんは、私に強引に名刺を押し付けた。



「連絡してね。必ずよ?」


神藤さんの好きな人に、私が連絡?

答えられずにいたら、神藤さんはまた私の腕を引いた。



「ほら、行くぞ」


神藤さんはもう、美嘉さんの方を見なかった。

でも美嘉さんは、私たちに手を振っている。


私は、どうしていいのかわからなくて、ぺこりとだけ頭を下げた。


神藤さんは、今、何を考えているのだろう。

聞きたくて、でも聞くのが怖くて、私は何も言えないまま。