「それよりさ、あんたのことだよ」

「私が、何?」

「神藤さんと手繋いでドキドキしたってことは、それもう恋じゃん」


恋。

久しぶりに聞いた単語だ。



「いや、でも、ただの旅行マジックかもしれないし」

「何言ってんのよ。恋愛の始まりなんて、すべては勘違いと思い込みからなんだから」


梨乃は断言した。

私は、ひどく痛むこめかみを押さえる。



「けどさ、たとえ、これが恋だとしても、私、脈なさすぎでしょ。別れること前提の偽装結婚だし、それに神藤さんには好きな人がいるんだから」

「でも『美嘉』はカノジョじゃないわけでしょ?」

「多分ね」


もし神藤さんにカノジョがいるなら、さすがにひとつ屋根の下で暮らしている私は気付くだろう。

しかし、神藤さんに、今までそういう素振りは見られなかった。



「だったらいいじゃん。何も悪いことしてるわけじゃないんだから」


悪いことをしていなければいいということでもない気がするが。

梨乃は、戸惑う私にずいと顔を近付けた。



「イケメンだよ? お金持ちだよ? 副社長だよ? 普通に考えたら、お金もらってさよならするより、玉の輿を狙った方が一生安泰でいいじゃない」

「やだよ、そんなの」