「帰れるのか?」

「あ、うん。大丈夫。見ず知らずの人の家に長居して、迷惑重ねるわけにもいかないし」

「そうか」


男は、それ以上の心配はせず、特に私を引き留めようともしない。

まぁ、心配する理由も、引き留める理由もないだろうけど。



「迷惑ついでに送ってやろうか? 帰りにまた倒れられても、俺の寝覚めが悪くなるし」

「いいよ。ほんと大丈夫」

「なら、外出て右に曲がったらすぐ大通りだから。そのまま真っ直ぐ行けば駅だ」

「ありがとう」


玄関先で靴を履きながら、でもさすがにこのまま帰るのは悪いかなと思った。



「そうだ。これ、私が働いてるお店なんだけど」


財布から取り出した名刺を、男に差し出す。

キャバクラ『ティアラ』。



「『アンナ』?」

「本名だよ。私、鑓水 杏奈(やりみず あんな)っていうの」

「言われてみれば、水っぽい顔だよな」

「暇だったら遊びにきてよ。今日のお詫びに、サービスするからさ」


それだけ言い残し、私は今度こそ男の家を出た。


何だか最後は営業する形になってしまったが、でも名前も名乗らずに帰るよりはマシな気がしたから。

星の散らばる空を見上げて、私は白く息を吐き出した。