え?

『亡くなったきみのお兄さんも』って。


聞き間違いだろうかと横目に神藤さんをうかがうと、その顔にわずかだが翳りが見えた。



「はい。兄のようになれるように頑張るつもりですので、今後とも、ご指導お願いします」


それでも、傍目には一切変わらない笑みを保つ、神藤さん。



お兄さんがいて、しかも亡くなっていたなんて話、私は全然、知らなかった。

けれど、思い返してみれば、『明日どうなるかなんて誰にもわからないんだから』と、お母様は言っていたっけ。


自分の息子が亡くなっているからこそ、そんな風に言ったのかと、今更ながらに合点がいく。



「挨拶まわりは終わった。帰るぞ」

「え? あ、うん」


いきなりきびすを返した神藤さんを、慌てて追う私。



触れられたくないことなら、聞かない方がいい。

けど、でも、私は神藤さんの妻として振る舞わなければならないのだから、何も知らないままでいいのか。


答えの出ない堂々巡りが続く、帰りのタクシーの車内の空気は、恐ろしく重苦しいものだった。