「正直、詐欺事件って、立件するのが難しいんだよ。本人が明確に騙す意図を持っていたって立証しなきゃいけないからな。悪徳セールスとかならともかく、今回みたいな場合は、ただの、男女間の金の貸し借りだって言い通されたりするし」

「でも、向こうは逃げたじゃん」

「だからそれは、杏奈ちゃんとは別れただけで、ちゃんと金を返す意思はあったって主張されたら、詐欺にはならないんだよ」

「何それ……」


どこまで最低な男なのだろう。

あんなやつを好きだった自分自身にも、怒りが込み上げてくる。


高峰さんは、唇を噛み締める私に、肩をすくめて見せた。



「だから、示談にしないか?」

「示談?」

「そう。月々いくらかずつでも返しますって、誓約書みたいなものを交わすんだ。公正証書っていうんだけど。で、一度でも支払いが滞れば、返す意思がないとみなされて、今度こそきちんと立件します、って書いておく」

「………」

「その方が、確実に金を取り戻せるし、現実的だとも思う。もちろん杏奈ちゃんが嫌なら、このまま警察や検察に任せてもいいと思うんだけど。でもその代わり、裁判になったら、杏奈ちゃんも証言したりしなきゃいけなくて、大変だよ」


もしも元カレが逮捕されたとしても、お金が取り戻せる保障はない。

それどころか、せっかく忘れていたはずの、辛かった頃のことまで、思い出さなくてはならない。



「私もう、あの人の顔も見たくない。お金さえ返してくれるなら、それでいい」