あの事故から1ヵ月以上が経ち、季節はいつの間にか梅雨になっていた。


そんなある日、高峰さんに呼び出される。

場所は、近所の喫茶店だ。



「ごめんな。お待たせ」


高峰さんはスーツについた雨粒を払いながら、私の向かいに座る。

再会は、私の退院日以来だった。


店員にアイスコーヒーを頼んでいる高峰さんに、私は早速、



「で? 今日はどうしたの?」


と、本題を促した。

高峰さんは「せっかちだな」と笑いながらも、ビジネスバッグから書類を取り出し、私の前に置いた。



「事故の慰謝料のことで、保険会社と話をしたんだけど」


あの事故は、運転手による脇見運転が原因だったらしい。

携帯電話が鳴ったのに気を取られているうちに、いつの間にか前方の車は赤信号で停車していて、ぶつかりそうになったために慌ててハンドルを切ったら歩道に乗り上げ、パニックになってブレーキを踏むのが遅れてしまった。


運転手も、そして轢かれた人も、今は意識を取り戻しているそうだ。



「事故の慰謝料っていうのは、入通院の日数とかによる計算方法に基づいて算出されるんだけど」


私に対する慰謝料は、思っていたより少ないものだった。



「杏奈ちゃんは、重い後遺症もないから、これくらいの金額が妥当だと思ってほしい」