「美嘉さんから聞いたんだけどさ。お兄さんが、昔、言ってたらしいの。『父の跡を継ぐのは俺より柾斗の方がいい』って。『俺より柾斗の方が決断力がある』、『なのに、柾斗は俺に憧れてるらしい』、『俺は本当はそんなにすごい兄じゃないのにな』って」

「………」

「私はお兄さんのことなんて全然知らないけどさ。でも、お兄さんは昔からそうやって、神藤さんのこと認めてたんだよ。だから、神藤さんは神藤さんのやり方で、突き進めばいいと思う」


神藤さんは私の言葉にひどく驚いた顔をして、でも次には少し困った顔で肩をすくめて見せた。



「確かに兄は、変なところで優柔不断だったもんなぁ」

「そうなの?」

「あぁ。でも不思議と、兄には人望があったんだ。いつもまわりには人がいた。あれは天性のもんなんだろうな。どんなに努力したって手に入らないから、俺は本当にそれが羨ましくて」


神藤さんは、彼方に投げていた視線を、私へと戻す。

真っ直ぐに、見つめられた。



「でも今は、そんなのどうでもよくなった。たとえ、まわりが敵だらけになったとしても、お前が必ず俺の味方をしてくれるから。だから、言われなくても俺なりの方法で突き進んでるよ」


どういう意味で言われたのかはわからない。

最近の神藤さんは、たまにすごく素直なことを言うから、返答に困ることばかりだ。



「まぁ、そりゃあ、一応は夫婦だし?」

「そうだな。バカにしてたけど、結婚ってのも、案外悪くないもんなのかもな」

「偽装結婚だけどね」


そして私たちは、どちらからともなく笑った。



確かに私も、前ほど結婚というものに壁を感じなくなったかもしれない。

でもそれは、きっと相手が神藤さんだからだ。


この関係だからこそ、やってこられたのだろうと思うと、ずっとこのままなのがベストだろうとも思う。



私は、やはり、神藤さんに恋心を抱くべきではないのだろう。