とにかく、よかった。
呼吸を整える息遣いだけがそこに響く。
それから五分も経てば気持ちも呼吸も落ち着いた。
「あの角を曲がると大通りに出られるんだけど、ナンパ男がウロウロしてたらやだし、もう少しここで時間を潰すしかないね」
そう言われて辺りの様子をうかがうと、ゲーセンの賑やかな音や、楽しそうに騒ぐ声が聞こえた。
やみくもに走っていたわけじゃなかったんだ。きっと、金髪男をまくために入り組んだ路地に入ったんだろう。
「あたしは桜沢 真央(おうさわ まお)っていうの。星成高校の三年生だよ。真央って呼んでね」
「あ、あたしは青野 叶夢です。叶夢でいいよ」
それから次に学校名を告げた。
「えー、タメ? 大人っぽいから、年上かと思った」
彼女はさっきまでとは打って変わって、無邪気な笑顔を見せた。
「叶夢ちゃんと同じ高校に、あたしの知り合いもたくさん通ってるよー。しかもタメだなんて、運命みたいだね!」
明るくて無邪気でかわいくて、芯の強そうなしっかりとした女の子だ。
「さっきはどうもありがとう。叶夢ちゃんのおかげで助かっちゃった」
「いえいえ、大したことはしてないよ。っていうか、これだけ足が早かったら一人でも逃げ切れたよね。逆に邪魔しちゃったかな」
えへへ、と愛想笑いを浮かべるあたしに、真央ちゃんは「そんなことない!」とあたしの肩をつかんで必死な形相を浮かべた。



