「あ、叶ちゃん」
「さ、斎藤くん!」
教室に戻ったところで、斎藤くんに声をかけられた。
後ろのドアのところで待ち伏せしていたようで、あたしを見るとホッとしたように表情をゆるめる。
さっきまでのツラそうだった斎藤くんは、もうどこにもいない。
「今日一緒に帰れる?」
「あ、うん、大丈夫だよ……!」
「じゃあ、駅前の本屋さんで待ち合わせな」
斎藤くんは何事もなかったかのような態度で、もしもあたしがさっきの場面を見てなかったら、きっとあたしは気づきもしなかった。
うれしいけど複雑で、だけどやっぱりうれしくて。斎藤くんは今のあたしを見てくれているんだから、いいじゃん。
過去は過去だよ……。
真央ちゃんのことなんて、今はもうなんとも思っていないのかもしれない。
そう何度も自分に言い聞かせて、あたしはさっきのことを見なかったことにしようと思った。