圭介の車では智大の車に乗る時と違って後部座席、それも運転席から離れた左側に座るように言われた。
あいちゃんが少しでも怖がらなくてすむように。と圭介が気遣ってくれたのだ。

お互い言葉はなく、藍里は車という狭い空間に幼馴染みといえど男性と二人きりだということに緊張を隠せない。
両手を落ち着きなく揉みほぐしながら改めて、暫く出勤してこないでいいと言われたことを思い返していた。

緊急事態だと、早く帰れと言われたけれど一体何なのか……母親が倒れた、とかなら理由をその場で教えてくれたはずだ。
なのに先輩も、無言で運転している圭介もそのような事は言わなかったし全く理由を話そうとしてくれない。

不安だけが募り、両手をギュッと握って俯いた。

今の藍里は仕事を活力にして動いている。
その為だけに、ない気力を振り絞って生きている。
その仕事に行けなくなってしまったら……。

「……あいちゃん、大丈夫?」

何度目かになる気遣いの言葉に、顔を少しだけ上げるとルームミラー越しに圭介と目が合った。

「……緊急事態って、何ですか……?」

仕事を途中で放り出してまで帰されるほどの緊急事態。
理由を知っているはずの圭介に答えを求めるけれど、圭介は困ったように眉を下げ、ごめん。僕からは話せないんだ。と言った。