「私、何か失敗しましたか?もしかして午前中に承ったトリミングに問題が……?」

「小蔦、そうじゃない。小蔦に失敗も問題もなかったわ」

「それならどうして……」

「緊急事態だからだよ」

休憩室にいるはずのない人物の声が聞こえて、弾かれるように振り返った。
そこにはいつものような笑顔はなく、珍しく緊迫した表情の圭介がいた。

「……緊急、事態……?」

「詳しい話は後で智大がするから、とりあえず帰ろう。
……僕と二人きりの車になるけど、家まで出来るだけ我慢してね」

「小蔦、早く着替えて来なさい」

先輩に急かされて更衣室に追いやられ、藍里は僅かに混乱しながら着替えた。
荷物を持って休憩室に戻るとすでに先輩の姿はなく、圭介一人が立っているだけだった。

「お待たせしました……」

「うん、大丈夫。じゃあ帰ろうか」

急ぎ休憩室を出て足早に歩く圭介は、たまに立ち止まっては振り返って藍里の歩く速度を確認する。
身長が低いせいでただでさえ人よりも歩く速度が遅いのに、最近ほとんど食事をしていなかったせいで体力が落ちたようで、普段よりさらに歩くのが遅くなってしまっていた。

「あいちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

歩みがかなり遅い藍里を心配して何度も振り返る圭介に藍里は申し訳なく思いながら、いつも振り返ることなく歩く智大との違いを感じていた。