〈智大side〉

「こんな事件でもなけりゃ、普通に立ち会わせてやれたんだがな……。せめて早く終わって間に合えばいいが」

そう言って智大と同じように建物を睨み付ける室山。
入江も言葉なく建物を見ていると、隣に立っていた汐見がボソッと呟いた。

「……俺、正直あの人、先輩に行かないでほしいって縋りつくと思いました」

智大を含めた全員が汐見に視線を向けると、汐見はさらに続ける。

「前の……似たような事件の時もそうでした。先輩が危険を承知の上で救い出した時にはぐったりとしていて……銀行強盗の時も意識を失って簡単に気絶してたし、弱い人なんだろうなって……そう思ってました」

「……どんな人でも事件に巻き込まれりゃ精神的にダメージ受けるだろ。
それでなくても永瀬の嫁さんは喘息の持病も男性恐怖症もあった。今ああして立ち直れている方が奇跡に近いくらいだ」

汐見の言葉に怒鳴らなかったのは、今立て籠っている容疑者に怒声が聞こえてしまわないようにだろう。
室山の怒りを含んだ低い声に、汐見は一度だけ頷いていた。

「分かってるんです。分かってはいるんですけど……先輩と結婚する人は、肉体的にも精神的にも強い人なんだろうって勝手に想像してたから……」

「何度か事件で見かけて、理想と全く違うと幻滅した。そういうことか?」

智大が表情を変えずに問うと、汐見は暫し思考すると躊躇いがちに頷いた。
だからこそ、初対面であんな態度を取り、認めないと言い放ったのかと合点がいったと同時に、あまりにも勝手だと多少の怒りもあった。