〈智大side〉

「説得、かなり難航していますね」

「そうだな……」

小声で話しかけてきた入江に頷きながらも、建物から目を離さない。
智大が汐見や他の非番だった班員と合流し、現場に駆けつけた時にはすでに前線に立つ室山と交渉人による説得が始まっていたが、容疑者は説得に応じる気配を見せない。

刻一刻と時間は過ぎていく。
人質の安否も気になるが、智大は何よりも藍里のことが気になって仕方なかった。

任務中に誰かと私的な連絡がとれるわけもなく、藍里がどうなっているのか分からない。

無事に生まれたのか、それともまだ頑張ってくれているのか。
安産だったのか、難産なのか……やはり帝王切開になったのか。
何一つ情報のないことに気もそぞろになりかけた時、疲れた様子の室山が近付いてきた。

「お疲れ様です」

「ああ……たく、中々骨が折れるな」

説得を一時中断するらしく、喉を潤すためにペットボトルのお茶をグイッと飲んだ室山は、一息つくと智大を見た。

「……悪かったな、呼びつけて」

「いえ、緊急の任務に私情は必要ありません。妻もそれは常日頃から理解していましたから」

最悪のタイミングの招集に戸惑いはしたが、智大が身を置いている場所はそういう場所だ。
何かあれば何を置いても駆けつける、それは智大自身も肝に命じていたし藍里にも何度も伝えていた。

ただ、あんなタイミングで招集されるとは思わなかったと智大は苦虫を噛み潰したような表情になってしまうが、誰も何も言わなかった。