〈智大side〉

片付けも終わり、前までならすぐに寝室に行って寝ていた藍里はどこかそわそわしながら智大をチラチラと見ていた。
他に手伝うことはないか気にしているのだろうと察して、ソファに座り本を読んでいた智大は藍里に目を向けた。

「もう寝るのか?」

「あ、えっと……眠くはないんだけど……智君は?もう寝るの?」

「俺もまだ眠くない」

「そ……っか……あの、他に手伝うことは?」

「いや、ない」

そう……。と少ししょんぼりと肩を落とした藍里は、大人しく寝室に向かうことにしたのかとぼとぼと歩きだした。

「……眠くないなら、少し話でもするか?」

本当は自分がもう少し話していたかっただけなのだが、何の気もなさそうな素振りでそう言ってみれば、振り返った藍里の表情が明るくなったのが目に見えて分かって、智大はにやけそうになる口元を然り気無く左手で隠した。

「えっと、何の話しようか?」

「じゃあ、今日あった話でも聞くか?入江が大変な目にあったんだけど……」

藍里が隣に座ったのを見て、智大は今日休憩室で室山に“嫁さんが健気だ”と言われたことを話せば藍里は慌てて首を振り、“災いを転じて福となす”と言われたことを話せば首を傾げ、入江が“結果的には良かった”と言ったことを話せば怒ったように眉を少し吊り上げ、その後に怒った室山が地獄の訓練に連れて行ったことを話せば、うわぁ……。というような顔をした。

くるくる変わる表情は昔、遠くからずっと見ていた自分にも向けてほしかった表情ばかりで、智大は今たくさんの表情の藍里を見られて充実感を得ていた。