「触らないでっ!!智君なんか……大っ嫌い!!」

勢いのまま大きな声で口に出した言葉は決して言ってはいけない言葉で、藍里は声に出してしまってから慌てて顔を上げると、智大が酷く傷ついた顔をしていた。

「ぁ……違……私……」

「……悪かったな」

ポツリと智大が呟いた謝罪の声は、とても弱々しいものだった。  
藍里はさっきの言葉を否定しようとしたが、それよりも先に智大が動き、寝室を出ようとしていた。

「智く……」

「暫く帰らないから安心して寝てろ。何かあったら……そうだな、兄貴にでも連絡してくれ」

一度も振り返ることなくそう言って、今度こそ智大は寝室を出ていってしまった。

声をかけることも、さっきのは違うと訂正することも出来ずに、去っていってしまった背中を呆然と見送ると藍里はさらに涙を溢してベッドの上で疲れて眠るまで泣いた。

これが結婚二年目の記念日に起きた、藍里と智大の最初で最後の大きな夫婦喧嘩だった。