「……っていうことがあったの」

「あいつ、まだ藍里のこと諦めてなかったのか……」

その日の夜、食事を終えてソファで隣同士に座りのんびりしながら吉嶺がブレイブを連れてトリミングに来たことを話すと智大は呆れていた。
前回と同じように吉嶺はガラス越しにトリミングする藍里を熱い眼差しで見つめていてやりづらかったけど、最後まで怖いと思うことなくやり遂げられた。

唯一怖かったことと言えば……。

「何故か先輩と吉嶺さん、そんなに関わりがないのに仲が悪くて……。なんか智君と吉嶺さんみたいな感じがして怖かったかな」

「お前の先輩もお前の事大事にしてるみたいだからな。吉嶺に警戒してるんだろ」

「警戒しなくても……吉嶺さん、良い人だよ?」

首を傾げながら智大を見上げると、智大は眉を潜め少し乱暴に藍里の肩を抱き寄せた。
智大の突然の行動に驚いた藍里が目を見開くと、その目尻に唇が触れた。

「ん……智君……?」

「俺の前で他の男褒めるなよ……特に吉嶺なんかを」

そっぽを向きながらそんなことを言う智大は、大分言葉も表情も柔らかく素直になったと思う。
そんな智大の言動が嬉しくて、藍里は自分から智大に抱きついた。

「大丈夫、私には智君しかいないから。それに、吉嶺さんにはいつか私じゃなくて、ちゃんとした運命の人が現れるはずだから」

「……現れなかったら、ずっとあいつは藍里に付き纏うんだろうな」

「きっと、現れるよ。こんな私にもいたんだから……運命の人」

そのことに気付くまで、苦しくて、辛くて、悲しいことばかりだったけれど、今はとても幸せだと藍里は笑った。

「……そうだな。こんな俺でも手に入れられたからな」

愛しそうに目を細め頬を撫でる智大に、藍里は擽ったくて肩を竦めた。

「……愛してる、藍里」

「私も……愛してる」

自然と口にした想いに、藍里にとって智大が唯一無二の存在となったことを今更ながらに悟った。
きっとその事を敏感に感じとったであろう智大は、それ以上何も言わずにそっと優しく口付けた。