「こんにちは、トリミングお願いします。もちろん担当は藍里さんで」

「……お客様、以前にも申しましたが、当店は担当の指名は受け付けておりません」

「前にもそれ聞いたけど、予約が入ってなかったらやってもらえるじゃないですか。俺は藍里さんにやってほしいんです」

バチバチと受付カウンターを挟んで先輩とブレイブを連れた吉嶺が笑顔で睨み合っている。
藍里はわたわたしながら予約表を確認し、午前の予約が入っていないことを確認すると二人に声をかけた。

「せ、先輩、私予約入ってないので大丈夫です」

「小蔦、無理しなくていいのよ?」

「だ、大丈夫です。やります」

心配そうな先輩を説得し、笑顔の吉嶺に眉を下げながら藍里はブレイブのカウンセリングに入った。

「……藍里さんが元気そうで良かったです」

「え?」

カウンセリングの途中でぼそっと呟かれた声に藍里がブレイブに向けていた目を吉嶺に向けると、吉嶺は小さく笑っていた。

「これでも心配してたんですよ。ストーカーを捕まえる時、あいつ趣味が悪いことばかり言ってたから」

「あ……」

智大に抱きしめられていて視界は塞がれていたけど、耳までは塞がれていなかった藍里はストーカーの言っていたことは全て聞こえていた。
ストーカーの言葉は衝撃的で、藍里には理解できない信じられないことばかりだったが、それでも不思議と恐怖を引き摺らなかった。

「……きっと、智君……主人がいてくれたから大丈夫だったんだと思います」

怯えている間、ずっと抱きしめてくれていた。
その温もりが何よりも頼もしかったのを思い出し、藍里は穏やかな笑みを浮かべた。

「……いいなぁ旦那さん。俺も藍里さんみたいな人にそんなこと言われたいです」

「きっと、吉嶺さんには吉嶺さんだけの運命の人が現れると思いますよ」

こんな自分にも現れたように。と思いながら言うと吉嶺は眉を下げ、右手で頭を掻いた。

「やっぱり藍里さんがいいんですけどね。でも、こうやって俺にも怯えずに話せるようになったのも、旦那さんのおかげなんだろうなぁ」

吉嶺の悔しそうな、けれどどこか嬉しそうな声に藍里はふわりと微笑んだ。