「ま、前にも言ったけど……私、他の人はやっぱり無理だと思うの……。
だって、こうやって自分から触れられるのも智君だけだし、あんな風に抱きついたりしても震えなくなってきたし……匂いも……」

「匂い?」

ずっと背けていた顔をこっちに戻した智大は眉を潜めていた。
まだ機嫌は悪そうだけど、やっとこっちを見てくれたことに安堵して、藍里は智大の手の上に重ねた手に少し力を込めた。

「私……最近智君の匂いが好きで……学生の頃に千栄……えっと、友達に“異性の匂いが好きだと、それは遺伝子レベルで好き”だって言われて……」

言いながら自分がすごく恥ずかしいことを言っているのに気付き、徐々に声は小さくなり顔も俯かせてしまった。
けれどそれを許さないとでも言うように、智大が藍里の顎に指をかけるとクイッと上を向かされてしまった。

「つまり藍里は俺の事が好きで、それは遺伝子レベルだったって事だな?」

「そ、それは……」

「藍里?」

顔を近づけてじっと見つめられ、藍里はギュッと目を瞑ると意を決して口を開いた。

「分からない……分からないの……」

「分からない?」

「だって、好きだと思ったのに……それが勘違いかもしれないって思ったら……」

「勘違いって……もしかして吉嶺が言っていた吊り橋効果ってやつか?」

吉嶺が吊り橋効果の話をした時の藍里の様子で何か気にしていることを察していたらしい智大が言い当てたことに驚きながら、藍里は小さく頷いた。