すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~

午前中の予約のトリミングが全て終わったのでゆっくり休憩していたら、困り顔の先輩が休憩室に顔を出してきた。

「先輩?どうしたんですか?」

「いやね、何度も断ってるんだけど、ちょっとしつこいお客さんが来てるのよ」

「しつこい?」

「どうしても小蔦に担当してほしいって」

基本的に藍里の働いているサロンはトリミングに携わる人の指名は受け付けていないけれど、たまにどうしてもと言うお客さんがいれば予約が詰まってなければ受け入れることが出来るようにはなっている。
藍里は自分の予定を頭の中で思い出し、小さく首を傾げた。

「えっと、私の予約は午後イチからは入ってなかったはずなので大丈夫ですよ?」

「それが相手の人が……」

「相手の人?」

いつもハキハキした物言いの先輩には珍しく歯切れの悪い態度だったので藍里は首を傾げる。
すると先輩は心底困ったと言ったように小さく息を吐いた。

「男性なのよ、その人。しかも連れてきた子もうちでは初めての子で、どうして小蔦に拘るのか分からないの」

「え……」

トリミングを受ける前に、ペットを預かる時には必ず飼い主とカウンセリングをして健康状態や仕上がりなどについて話し合わないといけない。
男性恐怖症の藍里は男性を前に何度もカウンセリングに失敗しているので、暗黙の了解で男性客からは外されているのだけれど……。

藍里は俯いてどうしようか考えていたらスッと目の前にカウンセリング前に記入してもらう用紙が差し出された。

「いつもなら断固として断るんだけど、名前を見てもしかして知り合いかとも思って一応聞きに来たの」

「……この人……」

そこに記入された飼い主の名前を見て目を丸くした藍里は視線をさ迷わせ、やがて一息吐くと怖々ながらもゆっくり椅子から立ち上がった。