「熱い」

「っ!!」

突然短く発せられた言葉に驚き、藍里の肩は大袈裟なほど跳ね上がった。
震える手で持っていた茶碗と箸を音が鳴らないようにそっと置き、恐る恐る向かいに座る智大に視線を向けると智大は眉を潜めて手に持っている味噌汁をまるで親の仇のような表情で睨み付けていたので思わず体が震えてしまったが智大は気付いていないようだった。

「ここまで熱いと味噌の風味が飛ぶ。第一、熱さで汁椀が持ちにくくなるだろ」

「は、い……」

「魚も骨が多すぎて食べにくい。料理する前に粗方自分で処理……いや、最初から店で三枚おろしにでもしてもらえ」

「……はい」

ビクビクしながら“今日の”お小言を聞いて、小さな物音で簡単に消えてしまいそうな返事をしながら小さく頷いた。

流されるように結婚し、一緒に暮らし初めてから約一年経つが、毎日何かしらの説教をされ、それを改善してもまた違うことで怒られる。

決して望んでいるわけではないが、まだ新婚と呼べる期間のはずなのに新婚らしい甘い会話などは全くない。
話される内容はさっきのようなお小言ばかりという毎日に、神経を磨り減らしている藍里は智大に気付かれないようにとても小さく息をついた。

食べ終わった食器を片付けるのは智大の役目で、藍里はリビングのソファの上で膝を抱えるようにして座りながら、仕切りのないキッチンから聞こえる水が流れる音や食器を重ねる音を聞きながらぼんやりと智大に……いや、男性に恐怖を感じることになった経緯を思い出していた。