「さっき、聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど。睡眠薬とか、食欲なくすほどのストレスとか……あんた、俺の天使に何してくれてんですか」

「誰がお前の天使だ」

「藍里さんに決まってるでしょう。藍里さん、絶対俺の方が幸せにできますから。こんな旦那とは早く別れましょうよ」

じっと真剣な眼差しで見つめてくる吉嶺に底知れぬ恐怖を感じた藍里は、無意識に智大の背中に隠れた。
吉嶺が現れた頃からずっと背中がぞくぞくして気持ち悪く、藁にも縋る思いで智大の服をぎゅっと握る。

藍里からは見えなかったが勝ち誇った顔をした智大を前にして、吉嶺は悔しそうに顔を歪めていた。

「お前の入る隙はないって言ってるだろ。いいから早く職務に戻れ」

「隙は作られるものじゃなく作るものですよ。ああ、職務と言えば……今、この周辺の巡回を強化してるんです。
最近不審者の目撃情報が多数寄せられていて、場所的に藍里さんの自宅周辺でも目撃されてます」

「不、審者……」

そう聞いて直ぐ様思い浮かべたのは、あの白い封筒と今も感じる絡み付くような視線。
まさか。と思いながら恐怖で体を震わせていると、智大が藍里の肩を少し強めに抱いた。

「藍里に不用意に恐怖心を持たせるな」

智大の言葉に吉嶺は気分を害したようで、ムッとした表情を見せた。

「何を言ってるんです?事件に巻き込まれないために、少しでも正確な情報を持つのは必要なことです。
藍里さん、何か少しでも不審なことがあったらすぐに知らせてください。何があっても、すぐに助けに向かいますから」

最初の少し厳しめの言葉は智大に、そして安心させるような頼もしい言葉は藍里に向けると、吉嶺は敬礼をしてその場を去っていった。
その後ろ姿を見送っていると、肩に置かれた智大の手の力がさらに強まった気がした。