ーー……い、り……藍里……。

暗闇の中、悲しそうな声で誰かが何度も名前を呼んでいるのが聞こえた。
重い瞼を開けようとしても心身共に疲労し過ぎた体は言うことを聞かず、瞼を開けることすら出来なかった。

せめて誰が呼んでいるのか知ろうと意識を集中させようとした時、左手を誰かに両手で包み込まれるように握られているのを感じた。

自分よりも大きく、武骨で、力強さを感じる……自分とはまるで違う手に男の人の手だと察した。
けれど、不思議と今まで感じていたようなそこはかとない恐怖などは感じず、寧ろその手の温もりにどこか安心していた。

ーーこの人は誰……?どうして今にも泣きそうな声で私を呼ぶの……?

まだ言うことを聞かない体や瞼を動かそうとするのは諦めて、藍里は再び意識を集中したーー。



「永瀬、嫁さんの具合はどうだ?」

「……重篤な状況は脱したようですが、肉体的、精神的疲労のせいかまだ意識が戻っていません」

「喘息の持病に男性恐怖症だったか……。この一週間、地獄だっただろうな……」

「いえ……一週間どころじゃない……。この一年間、ずっと地獄だったんだと思います……」

盗み聞きしているようで少し申し訳ない気持ちになりながら二人の声を聞いていると、この場にいるのは藍里の知らない人と智大だということだけが分かった。