リビングに入ると、ベランダの窓から夜空がよく見えた。細い月が浮かんでいる。

中岡さんはカジュアルなチェック柄のシャツを着て、台所で蟹を解体していた。

「もうじき出来るから」
と告げられて、緊張する間もなく湯気の立つ鍋が運ばれてきた。昆布と白菜と豆腐だけのシンプルで美しい鍋だった。そして大皿いっぱいの蟹の足。

「すごい贅沢」
と漏らすと、中岡さんがにっこりしてスパークリング日本酒を出した。ほのかに甘いお米の味に、少しずつ食欲が呼び覚まされた。

蟹のダシがどっと染みた白菜は、もうびっくりするほど美味しかった。
「すごい。美味しすぎます」

女子高生のように、すごい、と繰り返した。蟹の身は口の中でほろほろほぐれた。
蟹の殻が山積みになると、ふたりでしばし飲んだ。
中岡さんが時折こちらを見るので、このままセックスしちゃうのかな、と考える。断るのも悪い気がした。だけど今は正直そこまでの元気が出ない。