今度こそなにを言っていいのか、咄嗟に一つも選べなかった。
「三十代前半の頃に、感染する出来事があって。今は正直、詳しく話せる気分じゃないけど。インフルエンザでもないのに高熱が二週間ぐらい続いて、首や脇の下が異常に腫れてるのを見て、担当の医者がもしかしてって。それで……検査して分かった。それからはずっと薬で抑えてる」
「でも中岡さん、結婚してたのは」
「うん、だから、前の奥さんはぜんぶ知った上で結婚してくれたんだ。あなたの人柄が好きって言ってくれたけど……僕の人柄だって完璧じゃないから。その上、不安な思いをさせることがだんだんきつくなって」

「中岡さん」
とわたしは呼びかけた。だけど次に続く言葉が、すぐには浮かばないことに気付く。
「申し訳ない。突然、重い告白をして」
わたしは中岡さんを見上げた。中岡さん、と途方に暮れて呼びかける。身軽で、気が利いて、ちょっと優柔不断だけど優しくて。さっきわたしを助けてくれた、大きな手。

「ゆっくり会いながら、考えよう?」
と思い切って言ったら、中岡さんはびっくりしたように黙り込んだ。
「そんなの、すぐに付き合うとか考えないでも、一緒にご飯食べたり、出かけたりして、それで様子を見ればいいと思う。エイズのこととか、わたし、正直まだ全然よく知らないし」
彼は軽く目を伏せると、短く息を吸ってから
「ありがとう」
と真顔で言った。