初めて城を見た時は「こんな広い建物、自分の部屋とトイレくらいしか覚えられない!」と思っていたのだが、数週間暮らしてみると玉座の間までは余裕で行けるようになった。
 こういうとき若いっていいなあなど思うのだが、年寄りくさいだろうか⋯⋯。

「どうぞ」

 王付きの女騎士さんがスッと前に出て重厚な扉を開ける。

「ありがと」

 そういって中に入るサァヤに続く。女騎士さんに軽く会釈をすると視線はすぐに目の前にいく。

「おぉ、よく来たのう」

 玉座に座りこちらを優しい瞳で見ている王。朗らかな笑みを称えたその様子はいつも変わらない。

「お父様⋯⋯!」
 といって駆けていくサァヤもいつもとなんら変わりない。

 ふと隣のロイをみると若干ブスッとしていた。まあ、あれは嫉妬ものよね⋯⋯。あんな無邪気な顔して抱きついちゃうんだもんね。

「どんまい」

「は?」

「なんでもなーい」

 このロイという男は不思議な男で、年上だと分かっているもののついいじりたくなるというかちょっかいをかけたくなるというか⋯⋯。
 私とロイがよくケンカになるのは私のせいかもしれない。
 まあ、ロイにも要因はあると思うけど……。

「リィン、ロイ」

 名前を呼ばれてこちらをニコニコして見ている王に会釈して近づいていく。

「よく来てくれたのう」

「いえ。ところでお話とは?」

 前置きがめんどくさい私は単刀直入にそうたずねた。

「実はのう⋯⋯」

 途端に険しい表情になる王。フサフサとした白髭を触りながら唸っている。
 ⋯⋯まあそれはいいのだが、自分の娘の腰に当てている手をどけてあげてくれませんかね。ロイくんのためにも。

「この国の南西にソウブという国があっての。そこは同盟国でなあ。なにかあったら助け合うような関係なんじゃが」

「ソウブ王国でなにかあったの?」

 不安げにそうたずねるサァヤ。
 王といる時は表情が一変して幼い子供のようになっている。

「ああ。ソウブ王国の辺境にやけに強い女の魔導師が攻めてきたそうじゃ」

「魔導師!?」

 思わず素っ頓狂な声がでる。

「ああ。双流の白刃などと呼ばれていて、水や氷を自在に操るらしい」

「⋯⋯そこに行かせてください!」

 そういって王を見据える。
 "魔法"を使えるってことは大切な幼なじみかもしれないんだ。行かない理由がない。

「もちろんじゃ。しかし危険だろうから星鎖の騎士団の者達をつけよう。サァヤ」

「はい、父上。ただちに隊を編成して参ります」

 そう返事をして歩きだそうとするサァヤに慌てて
「ちょっと待って」
 という。

「魔法が使えるのならその子は私の幼なじみです。話せばすぐに分かってくれるだろうし、大丈夫です」

 ナナミかキラかユシルかトウヤか。それはまだわからないけど、誰であれ話せば分かってくれる人だし、なにより大切な幼なじみなのだ。警戒する必要など一切ない。

「しかし⋯⋯」

 そういって白髭を触りながらなおも不安げな表情になる王。

「大丈夫ですよ」

 ニコリと微笑んで王を安心させるようにそういう。

「分かった。しかし、ロイは連れていきなさい」

 王は降参したように笑んでそういう。

「はい!じゃあ、さっそく行ってきます。馬を借りますね」
 クルリとUターンしてスタスタと歩きだす私。

 やっと⋯⋯やっと幼なじみと会えるんだ⋯⋯!



 城を出るとロイと共に星鎖の騎士団の宿舎方面に向けて歩く。
 いつものよう口喧嘩しているうちに立派な馬小屋が見えてくる。
 掘っ建て小屋かと思ったらさすがはお城の馬小屋。人が住めるような綺麗で大きな馬小屋だった。
 中に入るとそこには色も姿もすべて異なる様々な馬がいた。

「ここにいる馬はどれも躾されてるから初めて馬に乗るようなお前でも扱えるはずだぜ。まあ性格荒いのもいるからそういうのはやめとけよ」

 どこか偉そうな口調でそういうロイに
「はいはい」
 と返事をしながら沢山の馬達に目をやる。

 そんな時ふと目が止まったのは白色の優しい茶色の瞳をした馬。
 この子にしよう、そう思った私はさっそくその馬を小屋から連れ出し外に出る。

「よろしくね」

 そう声をかけながらなんとか馬に乗る。その子は特に暴れることもなくすんなりと動いてくれた。こんな私でも乗れちゃうんだもん。かなり躾られてるのね、なんて思いながら後方を振り返る。

「ロイ、行くよ」

「お、おい!やめろ!暴れるな!」

 見ればロイに触れられた黒くて凶暴そうな馬がすごい勢いで怒り狂っていた。

「ぷっ」

 思わず吹き出すとロイがこっちを見てムスッとした表情になる。

「お前⋯⋯」

 それから数分後、ようやくロイの馬が動き始めて、私達は国をでた。



 灼熱の都ゴウネルスは、砂漠に囲まれた広大な都である。都の中は人々が快適に過ごせるような工夫があちこちに見られ、ある程度暑さに悩まされずにすむ。王宮なんて特にだ。
 しかし、一度国を出ればそこは地獄。
 どこまでも続く砂漠の中陽炎がたちのぼり、露出している肌は焼けるように暑い。汗ではりついた前髪がうっとおしいし、喉は枯れるようだし⋯⋯。

「ブレス王国ってどこ?⋯⋯。なんも見えないんだけど⋯⋯」

 行けども行けども見えるのは砂漠と陽炎だけ。
 こんなつらい状況にあと一秒だっていたくないのだが⋯⋯。

「そのうちつく。とりあえず、方向は間違ってない」

 そういって懐からとりだした羅針盤をみやるロイ。

「そう⋯⋯」

 この猛暑の中口をひらくのも疲れるがやはり興味心は抑えられず気になったことを口にだす。

「ソウブってどんな国なの?」

「あ?ソウブ?⋯⋯」

 明らかにめんどくさそうな表情をするロイに暑さのイライラも加わって一気にキレかける私。「別に言わなくていいよ」と言おうとすると

「ソウブってのはゴウネルスの同盟国で商人が行き交う砂漠のオアシスだ。」
 と一応質問には答えてくれるロイ。

「へー」

「てめぇ⋯⋯!聞いてきたくせにその返事はなんだよ」

「は?ちゃんと返事したじゃん!なにが気にくわないのさ」
 といつものような口喧嘩が始まりかけるので慌てて
「同盟国って仲間ってこと?」
 とたずねる。
 この猛暑の中でケンカしたらHP吹っ飛ぶからね。

「ああ。」

 当たり前だろ、という様子で返事をした後なにかに思い当たったような表情になるロイ。

「そういやお前はこっちに来たばっかりだから知らないんだな」
 という。
 まあ、同盟国の意味ぐらい知ってたけどさ。ケンカ始まるのを防ぐためにわざわざ⋯⋯

「世界には三つの勢力がある。砂漠地帯にあるゴウネルス王国をトップにする勢力。氷河地帯にあるイテイル帝国を中心とする勢力。草原地帯⋯⋯つうか花畑があるフラメニア島を中心とする勢力。⋯⋯と、そんなこといってる合間についたみたいだぜ」

 いきなり解説を始めといていきなりやめるロイに若干イラッとしつつ前方をみやる。

「ほんとだ⋯⋯!国だ!しかもオアシス!!」

 国の姿を確認すると馬のスピードを一層はやめる私。

 幼なじみに会えますようにーー。
 そう強く祈りながら私はブレス王国に足を踏み入れた⋯⋯。


 ブレス王国。王国、というよりは大きな街という感じもするこの国は、中央部に湖がありそこからいくつも水がひかれ川として流れていた。
その川の周辺や湖近くにはいくつか植物もはえていて、先程までいた場所と違って人が住める場所、という感じだ。また植物と水があることによってある程度暑さが軽減されている。
さすがにゴウネルス程ではないが⋯⋯。建物は統一して白色だが、砂があちこちにこびりついていて本来の白さは失われている。
 しかし、それにしても⋯⋯。

「なんか、静かすぎない?まるで誰もいないみたい⋯⋯」

「気をつけろ」

 そういってロイが私の方に馬を寄せ刀の柄に手をかける。
 心なしか冷気のようなものが漂い始めた気がする。
 それは次第に増しはじめ、あたりの空気はうだるような暑さから凍りつくような寒さへと変化した。
 灼熱の都から来た軽装の私からするとこの寒さは尋常じゃなく体がブルブルと震えるのをなんとかおさえこむ。

「⋯⋯誰⋯⋯」

「え⋯⋯?⋯⋯」

 唐突に建物の陰から現れたのは見間違いなんてしない、ナナミ本人だった。

「ナナミ!ナナミ!!」

 私は嬉しさのあまり駆け出した。
 ずっと捜していた幼なじみの一人と、ようやっと⋯⋯。

 あと数センチでナナミのところにつく、というところで私は違和感を覚える。

 ナナミの様子がおかしい?

 興奮のあまり気づかなかったけど、ナナミはこんな冷たい氷のような瞳をする子じゃない。もっと優しいお母さんみたいな⋯⋯。

 キィンッ

 刃が硬いものを弾く音。
 見れば目の前にはロイの剣があってナナミが私に突き刺そうとした氷の刃をはじていた。

 私が呆然とその氷の刃を見つめているとロイの剣とぶつかった衝撃でピキっと傷がはいってやがて粉々になった。

「な⋯⋯なんで⋯⋯」

 私がそういってへたり込む中、ナナミはさも不思議そうな顔でロイの顔を見つめている。

「あなた、なかなかやるわね。⋯⋯その紋章⋯⋯」

 そういってナナミが見つめるのはロイのローブについている紋章。
 金にふちどられた六角形の紋章の中には深紅の鳳凰が描かれていて、その周囲には闇の中で瞬く星が描かれている。
 なんでも深紅の鳳凰はゴウネルス王国を表すもので、燃え上がる鳳凰の如く力強く、という意味合いが込められているのだとか。
 また闇の中で瞬く星は星鎖の騎士団を表しており、どんな暗闇の中でも力強く個々が輝くように、との意味合いがあるらしい。

「あっれれ?なーんでこんなとこにゴウネルス王国の騎士殿がいるの〜?」

「星鎖の騎士団、だよね」

 新しい声にそちらを見やればナナミの後ろに二人の女の子がいる。

「あれまあ、誰かと思ったらロイくんでないの。お久しぶり〜」

「お前か⋯⋯」

 綺麗な金髪を二つしばりにした明るくよく喋る少女はニコニコしながらロイを見ている。明るい雰囲気の快活そうな少女だ。しかし何故だろう。彼女を見ていると恐怖が心のうちを占める。

「知り合い?⋯⋯」

 ボーッとする頭でそうだすねる。

「まあ、ちょっとな」

「ロイ、久しぶり」

 すると今度はもう一人の、ナナミの右隣にいる女の子がロイに優しげにほほ笑みかける。紺色の髪の毛をみつあみにしたその女の子は可愛らしい。しかしその背中にはそんな姿とは似つかない自身の身長と変わらないほどの槍が背負われている。

「え、なに、ロイくんモテ期?」

 なんていうと頭をこづかれる。

「いいからお前は黙ってろ」

 そういってロイが私を庇うように前に出る。
 ⋯⋯ナナミのさっきの氷はやっぱり魔法、だったのかな⋯⋯。
 私まだ一回も魔法成功したことないのに、ナナミはすごいなあ。

「ロイくんはそういう若い子が好きなんだね」

「は?なにいって」

 キィンッ
 女の人が唐突にきりかかり、それをロイが受け止める。
 一体何が起こっているのかうまく理解出来ず腰を抜かす私。
 さっきまですごい優しそうだったのに⋯⋯。ロイはなにをしたというんだ。

「とりあえず、潰しますか〜」

 そういって二つの剣を鞘から抜き、両手に剣を構える二つしばりの女の子。
 笑顔が消えさる女の子に先程まで感じていた恐怖の理由を察する私。
 彼女は人を殺めることを楽しいと感じようなる人間なんだ。現に今の彼女の表情は先程までの明るさはなくともとても楽しそうだ。だから⋯⋯。

「くそっ⋯⋯分が悪いな。お前、さがってろ」

 そういわれてハッとして後退する。
 なんだか情けない。
 そんな思いで前を見ればロイのやけに大きくみえる背中があった。

「分が悪いっていわれても、手加減とか一切しないから」

 ニコリと優しげに微笑むとそう言い切る槍使いの女の人。
 そもそもこんな分が悪い状況になったのは私のせいだ。
 私がナナミは幼なじみだから話せばわかる、などといったから⋯⋯。

「あの、ナナミ!」

 ロイの肩越しにみえる、ナナミの冷たい瞳を真っ直ぐにみる。
 なんだろう。胸の奥が苦しい。逃げだしたい気持ちでいっぱいになる。
 ⋯⋯私、ナナミのこと怖いって思ってるのかな。ナナミが私の知らないナナミだから?⋯⋯そうかもしれない。
 でも、私が幼なじみ達を無視していた時、私もあんな目で彼女を見ていたのだろう。これはきっと、その報いだ。

「私のこと、わかる?」

「知らないわ」

 短く吐き捨てられた冷たい言葉に私はやっと確信する。ここに私の知っているナナミはいないのだと。

「このお方は偉大なるイテイル帝国の皇女様であられます。そのナナミ様にそのような口の聞き方をするとは、礼儀がなってませんね。」

 槍使いの女の人が嘲るように鼻で笑う。
 帝国の⋯⋯姫?⋯⋯。ナナミが?一体どういう⋯⋯

「そーんな帝国のお姫様に無礼な態度とったんだし」

 明るい口調でそういうと一層ゾッとするような残忍な表情になる双剣使いの少女。

「潰しちゃっても構わないよね?」

 あたりの空気が先程にも増して殺気を帯びてくる。
 槍使いの少女も、双剣使いの少女もかなりの使い手だろう。素人目でみてもわかるんだから相当だ。きっと、彼女らはためらいなく人を殺める。そう考えるとゾッとして何も考えられなくなってくる。
 ロイを助けるためにも魔術を出せるようにと意識を集中させようとするのに、なかなかうまくいかない。どうしよう。このままじゃ⋯⋯

「⋯⋯今は退きましょ」

 そんな時、それまで黙っていたナナミが口をひらいた。

「え!?ナナミ様!?」

 明らかにナナミの方が優勢だというのに、早々に帰ろうとするナナミ。
 左右にいる二人は驚きを隠せないでいる。

「気分が乗らないわ。それにこの子、この国の子じゃないし」

 そういってナナミが見やったのは私ののっている馬につけられたゴウネルスの紋章。

「し、しかし!」

「いいから」

 恐ろしく冷たい声でナナミがそういうと他二人は黙り込み渋々というように武器を収める。
 他二人が恨めしそうにこちらをみながらナナミに続いて去っていく。すると、先程までの異常な寒さも消えてもあのうだるような暑さが戻ってくる。
 ほんの数時間前まではちょっとでもその中にいたくないと思っていた暑さに途端愛着のようなものが芽生え始める。
 そんな時⋯⋯

「ん?⋯⋯」

 なにかがポタリと垂れる音がしてふと下をみやる。見れば、手綱をにぎる手の甲に血がついていた。

「え⋯⋯」

 しばらくボーッとしているとポタポタととめどなく血が垂れる。

「血⋯⋯」

「行ったみたいだな。⋯⋯?おい、どうし」

「いやあああ血がああああああああ」

「ちょっ、落ち着けよ!どうした」

「血、血が!死んじゃう!!」

「いや、お前それ鼻血だろ。死なねえから!」

「やああああああ」

 パニックになって馬から落ちる私。

「ちょっ、まっ」

 ロイも若干パニックになっていて、うまく馬から降りれず落下する。

「いってええええ!!」

 そんなロイくんの声が、私の叫びが、ソウブ王国に小玉したーー。